第35話『繋がりとは』 「おい! あれを見ろ!」 ドロッチェ団が乗る宇宙船の中、メンバーのひとりであるスピンが指して叫ぶ。そこには、ファイナルスターを纏う黒いバリアにある穴があった。それも宇宙船が丁度良く入れるほどの大きさである。 このまま突っ切ればダークマターの本拠地に侵入できる。しかし、彼等がそう考えていた矢先…… 「まずい! ダークマターが!」 赤いシルクハットとマントを着けた盗賊団の団長ことドロッチェが穴がある場所を見て言った。そこでは、数十体のダークマターがファイナルスターの出入り口を防いでいる。暗黒物質側は、宇宙船は要塞に侵入しようとしているということに気づいたようだった。 しかしダークマターは出入り口の傍だけでなく、宇宙船の周りにも沢山いる。軌道転換をしても、攻撃を喰らい宇宙船のダメージを蓄積させるだけ。 ここでうろたえては先が見える。そんな張り詰めた雰囲気の中、ドロッチェはこんな決断を下した。 「ドク……このまま突っ込むんだ」 穴を防ぐダークマターに向かって、突撃しようと言い出した。 「ドロッチェ殿……しかし……」 「いいから!」 団長の急かすような言葉に、ドクは「そうじゃな」とひとつ声を漏らした後、宇宙船を加速させ、出入り口に向かった。 「宇宙船が、我々の所へ向かって突っ込んでくるぞ!」 高速でやってくる宇宙船を見て、穴を防いでいたダークマターのひとりが声を上げる。それと同時に、約二十もの剣士型のダークマターが、宇宙船に体を向けて構え始めた。逃げるつもりは全く無いようである。 ……ドガガッ!! とうとう宇宙船とダークマターの軍勢が衝突を起こした。しかし―― 「……宇宙船が、止められただと!?」 攻撃でヒビが入った窓にいっぱい映ったダークマターを見ながら、ドロッチェたちは驚く。 暗黒物質たちは、もの凄い勢いで突っ込んできたはずだった宇宙船をなんと剣で食い止めたのだ。そしてそれは、突き飛ばしていけると思っていたドロッチェ団側に色々な意味で衝撃を与えた。 「マズイぞ……やはり突撃作戦は愚策だったか……」 「ドク、そんなことはどうでもいいだろ。これからどうするかだ! ドロッチェも言ったからにはちゃんと考えがあるんだろうな?」 「落ち着けスピン。……ここは、俺が外へ出てダークマター共を退治する! ドクは加速を続けてくれ! 他は全員中にいろ!」 と、まるで言い捨てるかのような命令を吐いた後、ドロッチェはすぐさま宇宙へ出て、邪魔をしているダークマターに向かって、冷却レーザーを放つステッキを掲げる。 「……!」 その時に、背後に殺気を感じたドロッチェが振り向くと、進行を邪魔しているのとは別の剣士型ダークマター達が殺意のこもった目でこちらを見ていた。 「邪魔者め!」 今度は、背後にいたダークマターに向かってレーザーを放つ。すると相手も剣からビームを繰り出し、二つの攻撃は相殺。 (こんな所で、もたついてる場合じゃねぇんだ!) 戦っているうちに別の場所にいる他のダークマターに気が付かれては対処しきれなくなる。そう感じたドロッチェは懐から二つの武器を取り出した。 かつてポップスターの英雄が使った夢、愛の武器だ。 その二つの武器を見せると、ダークマター達は一瞬だけ表情が変わった。特に愛の武器ことラブラブステッキは、かつて親玉ゼロを倒した武器だけあり、たじろくのも無理はない。 隙を突くかのようにドロッチェは相手に向け、スターロッドから放たれる星の弾をぶつけ、痛手を負わせる。 その直後、目にも留まらぬ速さで、今度は宇宙船を食い止めているダークマターたちに向けて、二つの武器で怒濤の攻撃を繰り出す。 するとどうだ。ドロッチェの強力な攻撃に耐えかねた暗黒物質達は一気に態勢を崩し、加速を続けていた宇宙船に力負けし、本拠地侵入へのルートは無防備状態となった。 「ドロッチェがやったんだな!」 「よし! このまま侵入じゃ!」 宇宙船内では歓声がわく。そして、出入り口へ向けて一気に全速前進を始める。 ――その時であった。 カァアッ!!! 「……!!!」 ……それは本当に突然のことであった。辺りが眩しくなったと思った瞬間、出入り口の近くにいた宇宙船と、その周りにいたダークマターたち全員が謎の衝撃に包まれた。 外にいたドロッチェも巻き添えを食らい、大怪我をする。しかし、彼よりも酷い重傷を負ったのが…… (みんな!!) ドロッチェはその場で倒れたくなるほどの痛みを堪え、宇宙に浮いている真っ黒焦げの仲間たちの元へ寄った。 先ほどの衝撃で宇宙船が大爆発を起こし、中にいたひとたちは更なるダメージを負ったようだ。 (幸い命はとりとめてるか……だが……) 一旦は安心するも、出来事の把握が出来てないドロッチェは警戒をする。 見渡せば、近くにいたダークマターも全滅しているのが分かった。これほど残忍な攻撃をしたのは、一体何者なのであろうか。 そこからしばらくするとだった―― ――どこかから、“ゼロと姿が非常に疑似し体に赤みが帯びている球体の者”がやってくるのが見えた。 「……さっきの攻撃はお前の仕業か?」 ドロッチェがその者に向かい強く言いに出る。するとその者は質問に答えないまま―― 「キエロ」 と呟いた後、また目から目映い光を放つ巨大な光線を発射した。 ドロッチェは、その突然の攻撃をなんとか躱すことに成功する。そして、これが先ほどの謎の攻撃であったと理解した。 「……マルク顔負けの不意打ちだな……名前は何という?」 「……ソンナモノ、テマエガシッテモ、イミガナイ。ココデ、オマエハ、シヌカラダ」 「そうか」 ひとつ口にした後、ドロッチェはスターロッドで攻撃を仕掛ける。だが―― (何だ……あれは?) ドロッチェは思わず目を凝らす。ダークマインドは突然体の回りにふたつの鏡を出現させていた。 そして、スターロッドから出た星の弾がその鏡に当たると――なんと、もの凄い速さでドロッチェの元へ跳ね返ってきた! 「がぁ……!」 盗賊団の長は、避けることができずに攻撃を喰らってしまう。というよりは、彼が避けようと思った瞬間には既に攻撃が当たっていた。 一方ダークマインドはその鏡を高速回転させ、容赦なく襲いはじめる。 ドロッチェは迫り来る相手を瞬間移動でなんとか躱すことに成功し、激痛を堪えながら態勢を整え直す。そしてそこから赤い球体の背後に回り込み、ラブラブステッキで反撃―― ――したはずだった。 (何だコイツ……?) 攻撃が全然効いていない。この攻撃で大きな痛手を与えることができたダークゼロとは比べ、この赤い球体は塗り壁のように全く動じない。わけがわからないドロッチェはもう一度攻撃を与えるべくラブラブステッキを振りかぶる――その時! 「なっ……いつの間に!!?」 ダークマインドの奇襲による流れ弾から逃れていたのか、それともあらかじめ連携を取っていたのか、剣士型ダークマター八にんが、瞬く間に自分の周りを取り囲んでいたことに気が付く。 すぐに振り払おうと思った彼だったが、時既に遅し。ドロッチェは一斉にダークマターによって斬りつけられた…… 「ワレワレニ、サカラウト、コウナル。オボエテオケ」 何百回も斬りつけられ満身創痍となったドロッチェに向けて、ダークマインドが言い放つ。 一方ボロボロになったネズミは、まだ終わっていないと言わんばかりの目で相手を見つめている。しかし、所詮それだけであり、ダークマター側も、もう剣を降ろしていた。 「マインド様。コイツはどうしますか?」 手下の言葉に、ダークマインドが答える。 「マズ、コイツガ、モツ、ブキヲ、スベテウバエ」 ダークマター達が命令通りに、ドロッチェが持っていたトリプルスター、氷のステッキ。そして肝心のスターロッドとラブラブステッキを奪う。 (ああ……あ……) 愛用していたトリプルスター、氷のステッキが、そしてダークマターを倒せる可能性――クリスタルの力を引き出す三つの秘宝のうち二つをこうも簡単に奪われるとは。 ドロッチェは泣けもしない絶望感に覆われた。奪い返す力なんて、最早ちっとも残ってはいない。 しかし、ダークマター達が仕掛けた落とし穴は、彼が予想している以上に深かった。 ダークマインドは何者かと通信をし始めたのか遠い彼方を見始めた。そして、ダークマター達にこう告げる。 「アトハスベテ“コイツ”ニマカセル。ワレワレハタイキャクスル」 そう言った後、ダークマインドとダークマター達はファイナルスターへ撤退し始めた。 そして宇宙に残った者は―― (……嘘だろ?) ドロッチェは目を疑った。何故なら、その者は――ダークマインドにコイツと言われた者は――かつてのカービィの仲間であり味方であった桃髪の妖精リボンだったからだ。 「……ドロッチェさん。久しぶりです」 その妖精は呆然と見つめるドロッチェに向け声を発す。しかし、口調は初めて出会った時と同じようで違った。丁寧語の柔らかさの中に、氷のような冷たさが秘められた口調、少なくとも何者かに操られたような不自然な口調ではなく、寧ろ自信に満ちあふれているようにも彼は感じた。 「お前……何故ダークマター側についた? お前は、クリスタルを守る側じゃなかったのか? それとも、クリスタルをぶんどろうとした俺たちが、今更憎く思えたりしたのか?」 枯れた声でドロッチェが訊く。すると妖精はクスクスと笑みを浮かべ、こんなことを言い出した。 「クリスタルなんて……わたしは……そもそもあの秘宝がリップルスターにあることがイヤだったんですよ」 ドロッチェは目を瞠った。 「イヤだった……だと? お前、俺があの時、お前からクリスタルを奪い取って突き飛ばしても、懸命に追いかけてきたじゃないか。大切な物を守るために、自分の身も考えずに……俺はお前のこと少し感心してたんだぞ。か弱そうな見てくれで、やることは実に勇ましいじゃないかってな。……そのお前の信念は偽りだったって言うのか?」 「もちろん」 リボンはきっぱりと言った。 「クリスタルは、わたしが守りたくて守っていた物ではありません。王女様が『リップルスターに必要な宝』と言っていたから仕方なくそうしていただけですよ。それに、リップルスターには他にも沢山の妖精がいました……」 彼女の表情に怒気が混じる。この時、ドロッチェには彼女の目が少し黒く濁ったように見えた。 「でも、ダークマターに襲われたとき、王女はわたしに『クリスタルを守れ』と言う。すると、他の妖精達は一目散に逃げ出す。前に襲われたときと全く同じように。……なぜ? なぜわたしだけが、こんなことをやらないといけないの? 考えただけで怒れちゃう!」 赤いハットを被ったネズミは言葉を失った。これは、リボンの本性なのか。彼女はもっと優しさと正義感に溢れた性格ではなかったのか。彼にとって実に信じがたかった。 それから少しばかり静寂の後、ドロッチェがまた口を開いた。 「……にしても、突然襲ってきたダークマターによりも、一緒に住んでいた妖精達に憎しみを向けるってのも変な話だ。しかもお前はその襲撃したダークマター側についている。……よく意味がわからねぇ。理由を説明しろ」 すると、桃髪の妖精は右手にエネルギーを収束し始め、小さな手から黒ずんだ水晶を出し、ドロッチェに見せる。 「お前……どこでそんな技を手に入れたんだ?」 すると、リボンは闇の如く黒い瞳で彼を直視し、こんなことを言い出した。 「これは、水晶のエネルギーを発する力。これを私にくれたのが、ダークマターがクリスタルの構造を利用して作ったダーククリスタル! これに当たると、影に潜む本当の自分を手に入れ、力が全て解放され、自信に溢れ、どんな悪行だって何も考えずにできちゃうんですよ」 ドロッチェはただ唖然とした。彼女の本性は、この闇水晶によって暴かれていたのか、と。そしてそれ以上に、彼女の心にこんな深い闇があったのか、ということに驚いた。 そしてもうひとつ驚くことが彼にはあった。それは、ダークマターがクリスタルを欲しがる理由が、自分の推測と全く同じであったこと。 そこからカービィが捕らわれた理由を考えると、ゾッとした。可愛らしく美徳に溢れていたはずの妖精がここまで墜ちるのなら、カービィが闇水晶の力を受けたら一体どうなるのだろうか。 「お前は……もっと、清廉潔白な奴だと思っていたが、どうもそうじゃなさそうだな」 「わたしだけではありませんよ。ひとはみんな心のどこかに闇を持っています。でも、ひとは心のお面を被り、嘘をついて生活します。争い、けんかを起こさないために。何故なら、ひとは繋がっていたいから……でも、そんな薄っぺらい繋がりって本当に必要だと思いますか?」 何を言ってるんだ、とドロッチェは眉間にしわを寄せる。 「ひとは自分が一番大切なはずなのに、何故ひとは他のひとと不安定な関係を結ぶのでしょう。ましてや仲間や友達だなんて。例えどんなに仲良くなっても、互いの心の闇が消えることは絶対にないのに。心のどこかでは必ず、憎い、と思えることがあるはずなのに。あなたの団員たちだって、例え今まで仲良くても、自分たちをこんな目に遭わせたあなたに恨みを持っているはずですよ」 リボンは顔で真っ黒焦げの団員達を指しながら言う。この時、ドロッチェの顔は少しこわばっていた。 「そ、そんなことはない! 俺達ドロッチェ団は常を共にしてきた盟友だ。……それに、お前にだって一緒に暮らしてきた妖精達への憎しみ以上に、楽しい思い出がいっぱいあるはずだ。そんなふざけた考えは止めるんだ!」 「考え? これは事実ですよ。信じがたいなら……」 不敵な笑みでリボンは宇宙に浮かんでいる団員たちに向けて、右手をかざす。すると、彼女の手から黒い水晶の弾が発射され、団員たちに直撃。すると―― ――団員たちは、まるで何事も無かったかのようにスッと起き上がり、それからしばらくして団長の元へと寄り始めた。 「お、おい……まさか……」 ……ゴッ!! 瞬間――ストロンの拳が、団長の顔面に思いっきり当たる。 そこから、表情のこわばったドロッチェの胸ぐらを強く掴んだ。 「スト……ロン……」 眼帯を着けた巨漢の凄まじい形相が迫る。 「何だい? お前のド下手くそな指揮と、計画性の無さの所為で、オラたちは今回に限らず何度も大怪我をした。この恨みを今晴らしてるだけだぁ!」 そして彼はもう一度団長の体にパンチを加え、吹き飛ばす。そして横からは…… 「ドロッチェ……テメーみたいな役立たずとはもう一緒にいたくない」 「何だと? おい、ドク! お前はそんなこと……」 「思うに決まっておろう。貴様の元にいる限り、ワシは飼い殺されるようなものだ」 「あっ……あぁ……」 冷たい言葉に耐えかねて振り向けば、チューリン達が冷たい視線を浴びせてくる。 (そんな……嘘だろ……夢なら、覚めてくれ……) 絶望のどん底に突き落とされたドロッチェは、目も虚ろになり、それからひと思いに団員達に殴られ続けた。そして、それを遠巻きに見ていた妖精は声高く笑っていた。 「……ダークマターが作る世界は、独立した強い生き物だけがのたまう素晴らしい世界。他との繋がりを大切にしようとする、あなたのような寂しがりやの甘ったれはここで死ぬことね」 気を失った赤マントのネズミに向けて、吐くように言い放った後、ファイナルスターへと向かって行く。 リボンが消えた後、団員達は黙ったままそれぞれが違う方へと向かって行く。 別れの挨拶などはない。最早彼等の間に“ドロッチェ団”という関係は無くなっていた。 こうして、ドロッチェだけが宇宙に取り残されていった。彼の頬には乾いた涙の跡があった―― |
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