ヨツケンさんの小説

【闇の聖母】<外伝>司書と幼き聖母


「ふぅ……」
本棚を歩く独りの女性、ケケ族特有の黒い耳と灰色の髪、普通のケケ族より成長した身
体に黒いドレスの様なローブを身に纏っている、しかしその全てが透けていた。
「今日で何年……いや何千年に成るかな……」
遥か昔にこの図書惑星の魔術を作り、幽霊としてこの場所に取り憑いてから長い時間が
流れた、人知れずこの時空に存在する数多の書物を集め、ただただ巨大化してゆくこの魔
術。そこに訪れるのはたまに落ちてくる遭難者ぐらいであった。
「これでもかつては魔女帝などと呼ばれていたんだがな」
ふと昔の事を思い出して彼女は苦笑した。同年代の者とも遊ばずにひたすら魔術の修行
をした事、生まれ持った魔術の才能で数々の猛者を倒した事、全てが懐かしかった。
「ふふっ、懐かしいな……んっ?」
ふと彼女以外に誰も居ないはずの空間に赤ん坊の泣き声が響いた。聞こえる方に行って
みると、其処には黒い毛布にくるまれた赤ん坊が置かれていた。
「捨て子……か」
赤ん坊を拾い上げて顔を眺める。青色の綺麗な髪にクリーム色の毛に覆われた猫耳、同
種族特有の特徴とはかけ離れていたが、彼女にはそれが自分と同じ種族だと分かった。
「忌み子といった所か……」
昔から良く有ることだが、特定のコミュニティ内で唐突に現れた特殊な者を「悪魔だ」
「呪われてる」とか言って迫害する事が有る。恐らくこの赤ん坊もそういう扱いを受けた
のだろう。
「よしよし……お腹が空いてるのか?」
一向に泣き止まない赤ん坊をあやしながらそんな考えが過り、ふと彼女は自分の胸を見
る。幽霊で有るがゆえ透けた身体を。
「ゆ、幽霊の母乳でも大丈夫だろうか……だ、誰も居ないよな?」
誰が居るわけでもないが一通り周りを見渡し、誰も居ないことを確認すると、彼女はロ
ーブをたくしあげ、赤ん坊を胸元に近付ける、すると直ぐに赤ん坊は母乳を飲み始めた。
彼女も長くしてなかった行動に少し昔を思い出していた。
「ふふっ」
満たされて眠くなったのか赤ん坊は彼女の腕の中で寝息をたて始めた。それを見て彼女
も少し純粋な笑顔で笑った、何年何千年ぶりに心から。
「マナリティア……か」
赤ん坊の毛布に巻き付いていた鎖の先のタグをみて彼女は呟いた。マナリティア、恐ら
く赤ん坊の名前だろう。
「っと、何処に寝かそうか?」
そう言いつつ辺りを見渡すが、当たり前の事ながら赤ん坊を安心して寝かせられる様な
場所は無かった。仕方なさそうに左手で赤ん坊を抱きながら、右手を上げため息をつきな
がら「魔導書物 M-166824」と呟いた。すると司書の手元に分厚い深緑色の本が現れた。
「ベッド……こんな感じか……」
司書が本を開くとその前に輪郭線が現れ、それに徐々に色や形がついていきベッドに成
った。それ乳児用の小さなベッドでなく、大人1人用の大きなベッドだった。
「私では無理かも知れない……『今まで殺した者が生きる筈だった時間』を幽霊としてこ
の世界に存在する私では……」
右手の本を戻し、赤ん坊をしっかりと抱きしめたままベッドに入る。幼い我が子を寝か
しつける母親の様に、優しく温かく。
「だが、そんな私でも良いなら……君を育てるチャンスを私にくれないか?」
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