Dein(D-in-G)さんの小説

【エピソードパズル】空の上で…


 そもそも、あの時あんな事がなければ彼女はこの土地を単なる模写のモデルの一つとしか考えていなかっただろう。
少し空気が薄いながらも、夏場でも涼しい風が吹き抜けるその土地。 彼女がそこへ足を運んだ理由は単純なものだった。
「あそこの雲、すごく珍しい形……」
綺麗な風景画を描く事に当時凄いこだわりを持っていた彼女は、そこを見るやいなや絶景の模写ポイント探しに奔走したのだ。
クラウディパーク、雲の上にあるその国は普段のプププランドでは見ることができない風景を目の当たりにできる、少しばかり美術をかじっている者であれば文字通りネタの宝石箱と言ったところか。
勿論、彼女もそこには憧れもあったしそこで絵を描くのは夢でもあった。 彼女は飛行船に乗船して、一種の観光旅行がてらに絵画の練習も兼ねようと考えていたのだ。


……単に、練習のつもりだった



な の だ が 、

「クリーンっ!!」
そんなクラウディパークに一人の少年の声が響き渡った。 手には、大きなハタキ――いや、よく見てみるとハタキに模したフクロウか。 そんなのをお構いなしに思い切ってなぎ払うとそのフクロウの後頭部は見事に目の前にいた敵に直撃した。 手にもっていたパレットはこぼれ、筆は宙を何度も回りながら漂う。
「きゃああ!!」
正面から攻撃を喰らった少女はそのまま宙を翻しながら転げまわっていた。 真っ白な、真っ白な雲の上を転がり続ける。 一体ハタキのどこにそんな攻撃力があるんだというぐらいに、転がる。
「ま……負けた、この実体化能力を洗脳でえてしても、負けただと……?」
俯せから起き上がり、納得が出来ないような表情で少女――いや、少女をのっとった洗脳者は唇を噛み締める。 目の前には、カッコつけたピンクボールがこちらを見下ろしてきっちりポーズを決めている。
「……さぁ、君の負けだよ!! おとなしくアドちゃんから出てくるんだね」
正義の味方気取った、それとない常套句を決めるがそんな少年の武器がハタキなのだからシリアスさが薄れる。 それも顔がついているオマケだ。
「……フッ、断る。 この逃げ場のない空の上で、貴様をたたきつぶすのにこれで終わるわけにはいかん。 私にはまだ秘策があるのだから」
「ホホゥ、それは楽しみだね。 運動神経皆無のアドちゃんの体を使ってこれ以上のパフォーマンスを実行できるとは思わないけどね」
「フフッ、偉そうにするのも……そこまでだ!!」
姿勢をかがめた体制から、獲物を狙う虎のように飛びかかってくるとカービィを押し倒そうとばかりに上から飛んでくる。 それを見たカービィも、不敵な笑みを浮かべながら手にはバケツを、もう一つには相棒のクーのハタキをまだ持っている。
「ごめんね、クー。 これが最後のお仕事だからさ」
「……だが、本当に上手くいくのか?」
「何をコソコソ相談している!! ここで押し倒してこの女の身体諸共、空から振り落としてやるわぁ!!」
道連れ覚悟を垣間見せる洗脳者も、勝てるとはまさか思ってはいない。 が、クーのハタキを垂直に掲げたカービィは次の瞬間思ってもいない言葉を吐きすてる。
「伸びろ、クー棒」

まるでどこの“ごくう”だと言いたくなる、どこかで聞き覚えのあるフレーズ。 一生に一度、誰でも見た事のある光景は、一人のフクロウが代役を担っているハタキの取っ手が伸びるという展開。
「なっ……げっ!!」
その奇っ怪な光景に唖然としたのも束の間、クー棒はきちんと伸びてアドの腹部に頭突きをする形でヒット。 予想外の攻撃でダメージをキチンと喰らった洗脳者を見るや否や、カービィは手に取っていたバケツを構えて相対する。 バケツの中には、真っ赤な溶き水がなみなみと注がれている。
「まさ......」
「フフーン、溺れてもらうよ☆」

その時の表情、まさにピンクの悪魔の二つ名は伊達ではなかった。 頭の上からバケツの口と「こんにちはー」した瞬間、カービィはそれはそれはとてもこの世を何度も救ってきた英雄とは思えないぐらいに、不気味な笑い声を上げながら洗脳者――アドの頭をバケツの中に押し付けていた。
「ハーッハハハハ!! アドちゃんから出て行きな!! 出て行けYO!!」
「わが……っ!! 出ていく、出ていきばず!! だがらっ、だがらだぢで......!!」
「えぇ!? なぁに? 人にお願いごとするときは、土下座でしょ?! 社会の常識でしょ!!」
なら、バケツに頭押し付けるなよと言いたい所だが、当時の彼としてはそんな事より相手の反応を楽しんでいたに違いない。 よくよく考えると、ダメージは洗脳されているアドにも加わるはずだが。


 ――こうして、クラウディパークでの一件は無事に収束を迎えたわけである。 しかし、アドにとって二つの災難も残った。
一つ、必死に溶き水から解放されようと抵抗した時、アドを洗脳していたダークマターはそれは派手に暴れなさった。 バケツの水をぶちまけるほどに、息を続けようと抵抗した。
その時に、水滴は事前アドが描いていた風景画にひっかかってしまった。 何が描かれていたのかが分からないぐらいに水分を吸収した紙は湿っていたので、意識を取り戻したアドの落胆は半端ではなかった。
一つ、キャンパスを汚した上にカービィ達との戦闘の跡で景色が見事に変わっていた。 まるで焼け野原だった。
絵に描いたような風景が魅力のクラウディパーク。 アドからすれば、既に絵画どころでは無い。 結局、彼女はカービィ達と共に地上に降りて帰路についたのだが、見事に彼女のマイライフはぶち壊されたのだ。


絵を描く上で最重要項目の二つが消えたアドはその後しばらくはクラウディパークに出かける機会はなかった。 が、それに憧れを抱いていたのは仲間達にはわかるぐらいに露骨だった。
「ねぇ、アドちゃんあれからクラパ(クラウディパークの略)行ってないよね」
「カービィとクーが滅茶苦茶にしたからなぁ……ちょっと可哀想だよね」
「リック、俺は悪くないぞ!! こいつだ、このピンクボールがすべての元凶だぞ!?」
のんきにカップ麺をほおばるリックに言い訳をするクーを横目に、先がひしゃげた帽子を被った魔女のような風貌をした女性は絵筆を回しながらつぶやく。
「でも、画家を志す者としてあそこの風景は一度は描きたいものよね」
「綺麗だから?」
「うーん、それもあるかも知れないけれど……あそこには、それだけじゃない魅力というものがあるっていうか」
「画家の考え、それじゃあ分かんないよドロシア」
「カービィ、イヨカンとポンカンって同じだと思う?」
「全然違うね、あの味の違いが分からないとプププランド人失格だよ!!」
一体どう言う理屈なのか、眉間にシワ立てて力説するカービィをリックとクーは冷めた目で見つめるが、ドロシアも力強く頷いてカービィを諭すように一言。
「つまり、そういうことよ」
「なるほど、そういうことなんだね!!」
「分かったのか」
クーの冷静なツッコミも今のカービィの世界には通じない。 カービィは一人納得したような勢いで立ち上がると目を輝かせて言い放つ。
「よし、アドちゃんをクラパに連れていこう!! そこでもう一度絵を描いてもらおう!!」
「行き方知ってるのか? 俺は運ぶのはお断りだぜ?」
クーは既に何かを察したのか、先手必勝とばかりに断りを入れる。 それを聞いたカービィも、露骨に嫌な表情をするが、仕方ないと割り切った。
「どうすんだ? 皆で行くとしても、ハルバードは修理中だしワープスターも定員あるだろ?」
「こういう時こそ……デカイ飛行船を持ってそうな金持ちと言えば……!!」



「どうしたの、デデの旦那? いきなり画材道具持って城に来……いだな……んて」
数日後、突然一国の主からの呼び出しを受けたアドも少し緊張した面持ちで城へとやってくる。 目の前には、なぜか巨大な飛行船とニヤニヤするカービィたち。 それに一種の寒気を背中で感じたかアドは固まるが、後ろから背中を押す力によって彼女の足は前へと動き出す。
「え……!? ド、ドロシアさん?」
「大丈夫よ、別に変なことじゃないから」
「ヘヘン、アドちゃん!! 今日は何の日か知ってる?」
「へ……? 何かの祝日だっけ?」
話の筋が分からないアドは、一人だけ話において行かれる疎外感を感じている。 そんな中で、大王が初めて口を開いた。 良いとこ取りを詮索していたような、悪い顔して。
「ふふ、今日は美術記念日なんだゾイ!!」
「何それ?! 初耳なんですけど!!?」
「そりゃそうゾイ、今日決めたゾイ」
「良いのかそれで、旦那!? それに、一体何をするのか全く―― 「いいから、早く乗り込みなさいって!!」
ドロシアの無理強いに飛行船に押し込まれたアドに続くように、カービィ達が次々と乗り込んだ。 あっという間に飛行船は離陸すると高度を上げて空高く上がっていく。
「い、一体どういう風の吹き回しなの?」
「美術記念日だよ!!」
「そうじゃなくて……一体この飛行船の行き先は」
「クラパだよ!!」
その一言。 予想だにしなかった答えだったのだろう、素っ頓狂なアドの表情は、文字通り目が点になって話について行っていなかったが――。



「案の定クラパに到着の巻ぃ!!」
目の前には青く澄み渡る青空、地面のかわりに真っ白な雲、うっすらと虹の橋がかかるそこでカービィ達は子供のようにはしゃぎ走り回る。 まるで海に来た子供の様なテンションの上がり方だが、アドレーヌも久しい土地にまんざらでもない顔をしている。
「一体、なんでワザワザここまで……」
「この企画、カービィが何日も前からデデデに持ちかけていたのよ」
「ど、ドロシアさん……企画ってなんの事だか」
「鈍感な女だゾイ、そんなんだからお前は彼氏ができないんだゾイ!!」
後ろからバーベキューセットを用意してきたデデデも、ちょっかいをかけながらアドの横を通りすぎる。 後ろからは何体ものワドルディが材料を運んで準備を粛々と進める手伝いだ。
「おーい!! アドちゃん、こっちスゴイ不思議な形の雲だよ!!」
「……雲?」
そのカービィの言葉にも、アドは興味を惹かれたようにゆっくり近づいていく。 なるほど確かにその雲は不思議だった。 ボールのように綺麗な円型と、中央にはふた回りほど小さな穴。 そこからは綺麗な青空が見事な様子だ。
「スッゴイ綺麗でしょ? 珍しくない?」
「……うん、凄く綺麗」
「やっぱりこんなの描きがいあるよね!! ペンギンみたいなのに特に“邪魔されず”に」
「おい、ピンクボール。 元はお前の失態から始まったんだろうが!!」
バーベキューの臭いもしてくる中で、すぐ後ろで親しい仲間達の騒ぎ声。
それを耳にしながら、アドは笑みを浮かべながらカービィに問いかける。
「あれ、描こうかな……久しぶりのクラパだし」
「うん、描いてよ……僕も楽しみにしてるからさ。 アドちゃんの絵」
「……生意気言うなぁ!! あの時のバケツ事件は誰のせいで起きたと思ってんのよぉ!!」
「わぁ!! アドちゃんがキレた。 おっかねえー」
カービィも手のひら返すようにバーベキューに向かって逆走を始める。 露骨に逃げるようなそれに笑いながら後ろを振り返る。 綺麗なボール雲は不思議と形崩れることなく、彼女の上でずっと動じない。
「はい、貴方の分ね。 カービィ達に取られないようにとっておいたわ」
後ろから焼けたバーベキューを数本用意してきたのはドロシアだ。
「あ、ありがとう」
「良い絵、描けるといいわね」
それだけを残してドロシアはそそくさと離れていった。 集中させるために一人にしてくれたのか、アドは早速貰ったバーベキューを左手に、筆を右手に構えて筆を走らせる。
「うまい」
満足げに彼女の頬が緩む。 久しく、楽しく絵が描けそうだ。