Dein(D-in-G)さんの小説

【KNML限定長編:思い出のパレット】小児科病棟


 プププランドの平均寿命は男性81.73歳、女性に至っては88.60歳。 これはポップスターに限らず、遠い友好星・リップルスター等の星に至っても異例な長寿国として、知られている。
この事に関しては、度々テレビの取材などでスポットライトが当てられて、全世界に限らず、宇宙においても類を見ないものであり、プププランドの医療制度や技術の高さを誇示する、決定的な証拠であり、揺ぎ無い“事実”。
しかし、これには国家機密的な策略がある。 国王による、宇宙一の長寿国を誇示する為に、ある政策が打ち出されていることを、誰も知らない。


 プププランド中枢の都市“メガロポリス”。 交通量も国内随一で、高層ビルや中心部に近づいていけば省庁の建物も軒に連なるように建ち誇る。 国内最大の首都であり、情報の発信地。
青空は嘘のように、澄んで晴れ渡りアスファルトは太陽光に晒されてその熱気を容赦なく外の世界に吐き出すように開放する。 気候条件と交通網の条件が上手い具合に重なれば最高気温は摂氏三十六度を超え、情け容赦の見られない真夏日が人々に襲い掛かる。
長蛇の列の如くに乗用車が高速道路に立ち並び、ノイローゼを起こす具合になるまで馬鹿みたいにファンファーレが鳴り響く。 完全防音の高層ビル内の会社員は、他人事のように目の前の高速道路の長蛇の列に目もくれずに、仕事に打ち明ける――。 そんな事を、これから先の人生で恐らく経験していくはずだっただろう。
しかし、この病棟に入っている多くの人々は――きっと、その人生の幕切れを少なからず頭の片隅に……否、身体全体で感じ取っているはずである。
これから将来、サラリーマンのように東奔西走する事も無ければ――仲むつまじく夫婦と子供を授かる将来像も見えない。
そんな彼らの収監病棟は“W-4番棟”。 迷路のような巨大な中央病院の中心部に程近い、巨大病棟である。 無論、そこにアドレーヌも入院と言う形で収監病人に含まれる。

そして、このW-4番棟であるが――実は先述の折、国内でも大いに問題視されている“ある事態”を見事に表している尺図として、国家機密レベルで放置されている事でも有名であった。
それは――世界でも極稀な末期病の患者が集められている。 別名“死を待つ箱舟”



「アド姉ぇ!! 遊びに来たよ」
塞ぎたくなるほどの大声を張り上げながら、地響きのように大きな音と同時に扉が開かれる。
ベッドの中にうずくまる様に眠っていたアドレーヌも、その声に引き戻されるように意識を取り戻すと瞳を何度も擦りながら身体を起こすと、目の前の仕切りのカーテンを一気に引っ張って外の景色が晒される。 それと同時に、小さな子供達がベッドの横に集まると、それにアドレーヌも無理矢理身体を起こしながら笑顔で答える。
「おはよう。 皆、早いね」
麻痺する腕を無理矢理動かしながら、小さな頭を撫でては子供たちの言葉に取りこぼすことなく返事を返す。 まるで妹弟のように可愛がりながら、彼女は精一杯力を振り絞って子供たちに元気に声を交わしている。
そんな子供達と、ベッドから起きることが難しい彼女とを繋ぐものというのは、まさに“子供らしい”単純なものだった。
「アド姉ぇ!! 絵本読んで、絵本ッ!!」
「うん、何を読むの?」
全く無邪気な笑顔を出しながら、小さな絵本を片手に飛んでくる子供たちに彼女自身心が解されていた。 いつ死ぬかも分からない、そんな彼女の現状を唯一逃避できる、絵画よりも至福の時間がこれであった。
“死”の事を知った数日後に、医者と直談判して病室の移動を手にした彼女は、小児科との病室と程近い、この病室を勝ち取った。
その日から、小児科にはまるで戦隊ヒーローがやって来たかのように、子供達で騒がれる事になった。


“凄く優しいお姉ちゃんが、絵本を読んでくれたり絵を描いてくれる”


まるで一人の子供が垂れ流した噂話は、たちまち小児科の小さな子供達の耳に届く余りになった。 その日から、まるでストーカーの如くにアドレーヌの病室に子供達の視線が向けられる事になった。
その事実自体、アドレーヌ自身が確信するのには時間が余り必要が無かった。 気づかれぬ様にと、露骨に開かれていた引き戸の視線もすぐに気がついたし、その視線の数が日増しに増えていっているのも、手に取るようにわかっていた。
時々、看護婦が叱咤する様な声が廊下で響き渡ったかと思えば、一目散に慌てて逃げる様に走っていく、小さな足音も耳に飛び込んだ。
そんな循環が、毎日のように繰り返される。 状況は愚問、もしも子供で無ければ既にストーカーや犯罪レベルの行為であるが、時々見せる憧れのような眼差しに釘付けにされるのも、悪い気分はしなかった。
しかし、まだいたいけな幼稚園児のような小さな年齢。 一歩踏み出せない、そのあどけない状況下も、彼女自身さすがに焦心に駆られていた。
そんな時に、彼女は思い切った事をやってみた。 看護婦の手も借りては、彼女自ら子供達と触れ合うことを切り出した。
時々麻痺感覚に陥る腕を堪え、一人で車椅子で子供たちに会いに行く中で――流石に最初は子供たちも呆気にとられていた。 しかし時間が経つにつれて、純粋な子供たちはアドレーヌに気さくに話しかけたりと、質問もぶつけてきたりしていた。

 空は何で青いのか――。 時々、回答に困惑するような質問も飛び出したりもしたが、優しく接してくれる彼女に子供達が心を許すのには、そう時間はかからなかった。
病棟の最奥部にいちする小さなプレイルームは子供達の集団食事の場でもあった。 時々、車椅子で足を運んでは話を交わしたりするアドレーヌに対して、子供たちも時々彼女が起きている時間帯を見計らってはグループでやってきて、時を過ごしていた。
その時が、子供達にとっても親に会えない寂しさを紛らわす最善の策でもあったであろうし、アドレーヌ自身にとっても“Marxert”に蝕まれていく、いつ死んでもおかしくない恐怖心を紛らわせる、特効薬だった。
最初は五人や、四人程度の幼稚園児のような子供達を相手にしていたが、その過程を見ていた他の子供たちも、その様子を嗅ぎつけていた。 そして、ある日小学生ぐらいの子供が、大々的宣伝をするかのように小児科病棟の子供達に話をして――それから、毎日のように子供達はアドレーヌに会いに出かけて来る事になる。
彼女自身も、それを決して拒む事無く寛大に子供達を受け入れた。 もっぱら子供達の要求と言えば、絵本の読み聞かせや手遊び。 一つの身体で一気に四人、五人を相手にする日は気苦労を重ねたが、子供達の無邪気な笑顔に癒されていた。
時々、夕方近くまでになってもアドレーヌの病室だけが笑い声がこぼれる時間も多くなっていた。 彼女自身、他の病室の人達の迷惑も顧みて夕方になると子供達を小児病棟に帰して――どこか心の奥である不安がいつも彼女を渦巻いていた。
(……絶対に、いつか他の人達から苦情来るよね。 きっと)
深い溜息を吐きながら、その問題に頭を抱えて――。 彼女は静かに窓からの景色を眺めては考えに至っていた。
小児科病棟に近いゆえ、子供達の騒ぎ声が出てくるのは許容範囲であろう。 しかし、一つの病室から一気に五人以上の騒ぎ声が出てくる。 と、なると話は別だ。 いつかは医師や看護婦を介して、苦情を出してくる人達が出てくるかもしれない。
小児科病棟に移転。 そんな考えもふと思いついた日もあったが、騒ぎが大きければ迷惑になるのは変わらなかった。小さな空間ゆえに、その声も反響してしまうのは、建築業に全く素人な彼女でさえも目に見えていた。
「……まぁ、今の所子供達の声がうるさいって言う苦情は、ナースセンターにも来てませんけれど」
点滴の時間帯に問いかけた時の、看護婦の答えは彼女の予想を反するものだった。
しかし、これから先のことを見据えていくと――と、不安は高くなっていく。 苦情の不安を感じたとき、外を眺めていたナースは笑みを浮かべて窓の外を指差した。
「……子供達と遊ぶ時、だったら中庭に出れるように――先生に直談判してみましょうか?
 そうすれば、迷惑とかも気にならないし騒いだとしても何でもないでしょ?」
「……中庭」
虚ろな瞳で、彼女は窓をそっと見下ろして首を縦にゆっくり振った。 「決まりね」と、笑顔でそれに答えたナースは早速と言わんばかりに、彼女の中庭に限った外出許可を勝ち取った。




「死を待つ箱舟――。 マスコミから付けられた、小児科病棟W-3番棟に隣接するW-4番棟の二つ名ですね」
一枚の古新聞紙。 一面を大きく身広げて、その見出しに目を付ける一人の若医者も、その二つ名に多少の苛立ちを感じていた。
「全く、馬鹿馬鹿しいよ。 我々だって、最善を尽くして病人の命を助けるつもりだと言うのに」
窓の外を眺めながら、下唇をかみ締めては――医師は不満げに顔を歪めて独り言を呟いている。 正直、かれこれ数分近くこの独り言が続いている。 若医者も、この状況が終われと心底願っていた。
「……まぁ、我々に対する評価なんて、そんなものですよ。
 手術ミスなんて、毎度毎度当然みたいに思われていたり、事ある毎にたらい回しとか――言いたい放題ですもん」
「……全国のマスゴミどもに、あの景色を見せ付けてやりたいものだ」
鼻息を荒くしながら、彼は窓の下を見下ろしてその景色を目に焼き付ける。 大きな木の下で小さな子供達の輪の中心にいるアドレーヌの笑顔は、三階と言う高層からの一室の窓から見下ろしても分かるほどハッキリしている。
「……大人気ですもんね。 キャラクターの絵とかで、凄く上手いって僕も子供に見せ付けられましたもん。
 ……院長も、彼女みたいに心を広げなきゃ。 だから子供達にゴリラ先生って言われるんですよ」
「副院長。 君、クビにするよ?」
院長のダークな笑顔が、その室内の陰気なムードを盛り上げていく。 それに恐怖をなした副院長の、断末魔が静かに室内に響き渡る中で――。


「死を待つ病棟か。 全くそんな雰囲気がないわい――アドレーヌさんの手にかかっちまえばな」


赤く腫れる拳を振るいながら、じっと見下ろす視線の先――
アドレーヌと子供達の笑顔は、その日の空のように澄み渡っていた。