Dein(D-in-G)さんの小説

【お題小説】Follow Mind(あったか)


 ―― 拝啓


 一体アレはいつ頃だっただろうか。
 もう、どれほど昔の事だったかさえも、薄らぐ記憶の片隅に押しやられている
 静かなモノクロ色の記憶映像を逆再生するように、静かに息を吐いて思い返していた

 今からもう―― 二年、いや三年半ぐらい前だろうか。
元々私は小さな町のボロ小屋で生を受けた
生暖かい零れ日が目の前にゆっくり広がっていたのを、今でも覚えている
母親の柔らかい身体に抱かれて、静かに目を閉じてその乳を吸っていたのだろうか――。 そんな定かではない記憶はどうでも良かった

私は孤独だった。
母親がどこかの男とできて、私を託児所に預けたっきりでいつも昼も夜も遊び呆けていた
頼みの父親はいない。 私が生まれる前に、既にこの世を去ったのだと、小さな頃母親に教わった記憶がある
何もする事がなかった私は、託児所のプレイルームの片隅で静かに母親から貰った唯一のプレゼントの人形を触れて、気を紛らわしていた
他の子供達の楽しげな笑い声が、単なる雑音にしか聞こえなかった。 騒音にしか聞こえなかった
時々託児所にやってくる、他の子供達の親を横目で見ながら、人形を片腕に挟んで小さな絵本を独りでにぼうっと眺めている

そんな私を見て、その親たちは私をどう思っただろうか。 親がやってきてくれない、可愛そうな子供だと思っただろうか。 或いは自分の子供の入れ知恵に働かされて、いつも一人遊びをする変な子供だと思ったのだろうか?
――そんな事はどうでも良かった
別にどう思われても構わない。 それが私で、それが母親なのだから
時々託児所に現れる母親は、再会する度に綺麗な服を、イヤリングを、ネックレスを着飾って託児所に訪れていた
殆どの場合、金がなくて働くために子供を一時的に預けるのが託児所だが、それを見る限り苦しい生活をしているという感じは全くなかった。 むしろ、何故そんな高級品を身につけているのに、私なんかを託児所に預けているのだろうかと言う他の保護者の疑問が、私の背中に静かに突き刺さっていった


何年かして、私は託児所を出て母親と共に暮らすようになった。 以前とは予想だにしなかった小奇麗な服や、スカートを着させてもらって、一体何処で手に入れたのかさえ分からない高級品を、惜しむことなく母親は私に着させてくれた。
ボロボロだった髪も、綺麗に整えて、セミロングの黒いヘアーに。
ボロボロだった服も、濃い緑色のシャツと、小さなスカートに。
プレゼントにと、昔母親がくれた赤いベレー帽も綺麗にし直してくれて、黄ばんでいた靴も磨いてくれていた
その余りにも唐突な綺麗な衣装を着て、気分はシンデレラだった。
小躍りしてステップをする私を見て、母親は小さなカメラのシャッターを押しながら、私を色んなポーズで撮ってくれた
これほどまで、愛されている事が一番幸せだった。
何よりも、母が私を見て笑顔でいてくれるのを見て、嬉しかった。
私も、凍てついていた心が始めて穏やかになれた

 ――はずだった。

裏切ったのだ。
母がここまで私に尽くしたのは、託児所に私を預けている間に人身売買で私を身売りして、金を手にする為に企ててきたものだった
裏社会で子供を高く売る為に、母は私を託児所と言う別空間に押し付けて、その一方でどこかの男と共謀して、私を売って金に替えようと言う魂胆だった
不埒な笑みを浮かべて、まるでワタシを見下すかのように母は言い放った。 まるで、自分の子供では無いかのように――

「残念でした。 アンタ私に利用されていただけなのよ」

 その一言が
 私の心を打ち砕いた
私の心は、一気に打ち砕かれた
写真を撮ったのは、私をより綺麗に見せるためのいわゆるメニューの“サンプル”。
どのみち、 “客”が現れて私をどこか名も知れない場所へと連れて行く
隣町かもしれない、隣県かもしれない。 外国かもしれない
――或いは“地獄”
――いやだ。
いやだ、いやだ。 嫌だッ!!
どこにも行きたくない。 捕らわれたくない
売られる。
もしも、売られたらどうなるのだろうか。
考えただけで、背筋に虫唾が疼きだした

「――さぁ、いきましょ」
静かに私に手を差し伸べる母の手が
初めてケダモノ・悪魔の手に見えた
思い切り私は母の腕を引っ剥がして、部屋を飛び出した。
暗い冬の夜道の中を駆け回り、全力で走りぬけた
何処に向かって走っているのかも、何を目指して走っているのかも分からなかったけど、とにかく走った。
本当に―― もう何もかもが嫌になったから。

親が一番の理解者――。 そんな言葉を、いつしか聴いた覚えがある

嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!
私はあの母親の手の上で弄ばれていたのだ
利用されて、駒にされていたのだ!!
騙されていたのだ。 酷い事だと思った。 でも、何もする事がなかった
友達もいない、身寄りもあの女だけ。 祖父母の所在地は愚か、生死も分からない私は、孤独だった
そのうち、母親が私を追いに来るだろう。 その後手駒にされて、散々利用されるだけだ
飽きられたら―― ただ、ゴミ屑の様に。
「……もういい」
どれだけ走ったのかも分からない。 既に心臓が張り裂けそうな位で、息が荒れていて、足もパンパンに膨れ上がっていた
一歩も動けないまま、私はその場に静かに倒れこんだ。 俯いたまま、小さく呟いた
「もう……いい」
もういい。 こんな事はもういやだ。
託児所で信用してくれる友達もいない、他に友達も何もいない私は、行く場所なんて何処にもなかった
もう立ち上がる気力も、体力もない。 ジッとこのまま倒れていたらその内死んで、天国にいっそ逝った方が楽だと思った
いや、いっそ人生をやり直したい。 このまま、リセットして今度はまともな親の子に――

 「リセット。 シヨウカ」
小さな悪魔のささやきが聞こえた。 何者かは分からなかったが、男性のような声色で、私に問いかけていた
何の意味だったかは分からなかったが、何となく小さな声で私は言葉を返した
「――リセット。 しようか」
それが、この世界での私の最後の言葉だった。 静かに沈み行く意識の中で頭の中が真っ白になり、私の身体は急に軽くなった



 「僕はカービィ。 君の名前は?」
まるで無邪気な子供のような顔で、人形のような形をした子供が静かに問いかけてきた
周りは緑に囲まれて、後ろには大木が大きな影で私とその子供を包んでいた
「……私は」
俯き加減で答えようとした瞬間に、その子供 ――カービィと言った少年―― は私の足元に落ちている小さなスケッチブックを手に取り上げた
相当年季の入っている小さなスケッチブックは、黄ばんでいて、それでありながら中身は真っ白だった
静かにそっと触れると、冷たい紙質が私の肌にじかに触れた
持ち主の名前も、何も分からないまま私はそのスケッチブックをただ眺めていた
やがて、カービィが地面に落ちていた小さな鉛筆を拾い上げた。 小さな零れ日に映える焦げ茶色の鉛筆は、神秘的に輝いているように見えた
「……ねぇ、これで何か描いて見てよ」
「えぇ?!」
唐突だった。 これまで絵なんて描いた事もなかった私は、思わず声をあげて跳ね上がる
しかし、そのカービィの無邪気な瞳に目が飛び込み、私は暫くしてから静かに首を振って、カービィから鉛筆を受け取った
「……それじゃ、この景色描いてあげる!!」
自らを鼓舞するように、勢いよく答えると、私は何もない真っ白なゲレンデのような空間に静かに鉛筆を走らせた
絵の描き方は分からない。 子供の頃に、チラシの裏で書いた落書きが精々その程度。 始めてだらけに私は困惑して、それでながらも静かに私の横で待っているカービィの為に、私は目の前に広がる草原を必死に模写し続けた

「……凄い、上手い」
息を吐いて出来上がった完成品を見せると、カービィは感嘆をあげてその絵をまじまじと見つめる
そこまで自分の絵を見られると恥ずかしい。 しかし、自分の絵をそこまで他人に見られるのが、これほどまで嬉しい事だとは思ってもいなかった
「凄いね!! 僕こんな風に描けないよ!」
隠し切れない興奮をさらけながら、カービィは「あっ」と、静かに声をあげて立ち上がる
目の前には、何人かの男の子達が、カービィを呼びながらこっちに向かってくる。
そんな男の子達に向かって、カービィも私の描いた絵を持ちながら見せ付ける
「どう? 凄いよね!! あの女の子が描いたんだよ!!」
まるで自分の事のように誇らしげに絵を見せつけながら、興奮気味にカービィは言い放つ。 子供達も、そんな私の描いた絵を見て、感嘆をあげて拍手喝采のオンパレードである
「ねぇ、また何か描いてよ!!」
カービィの懇願に快く承諾して、私は二ページ目の真っ白なキャンパスに鉛筆を走らせた
突風に煽られ、キャンパスの表紙に軽く腕が挟まれる。
煽られた髪を撫で、そのキャンパスの表紙に軽く目をやる。 私が描いた訳でもないのに、そのキャンパスには古ぼけた感じの文字で、私の名前が書かれていた

                エヴァン・ヴィ・アドレーヌ

一体、何故かかれているのか、そんな疑問はどうでも良かった。
確かにここに私の名前がある。 確かにここに私の存在がある。
私は私―― 確かに今、ここに居る
「ねぇ、君の名前は?」
先程は、言えなかった名前が、今ここでなら言える
確かに、私の存在があるから。
私がいる限り、この名前は存在する
「……エヴァン・ヴィ・アドレーヌ。 長いから、アドって呼んで……くれる?」
友達も、何もいなかった私にとって、友達に頼むというのはなんとも押し付けがましい感覚がした
ここで「何押し付けがましくなってるんだよ」と言われて、嫌われるのだろうか?
そんな恐怖も、さる事ながらカービィとその友達たちは笑顔を振り撒いて答えてくれた
「わかった。 アド!」

 静かに去り行く季節は

 温かい風をのせて

 今日も街中を、野原を駆けていく――


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              静かな心の幻想曲
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お読みいただき、ありがとう御座います
初のお題小説参加ですが、気に入っていただけたら幸いです

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