ちゃせんさんの小説

ふゆのひ


 突然だが、プププランドにも四季がある。当然冬もやってくる。この国の冬がどんなものであるかといえば、そこまで厳しいものではない。ただし、そこそこの量の雪は降る。山地ではなおのことである。
 そしてそんな冬でも、住民たちは相変わらず寒さなどどこ吹く風でのんびりと暮らしている――この国の住民の場合、一年中変わりない生活を営んでいるのだけれども。
 そんなわけで、今年の冬もプププランドは平和であった……ただし、ほんの少しだけ、降雪量は多かった。
「じゃーーーーんぷ!」
 ぼふっ、という柔らかい音を立てて、カービィが雪にダイブする。起き上がって体をぶるぶると揺すった後には、綺麗な円形の跡が残った。
 見渡せば一面の銀世界、という表現がありきたりながらしっくり来るような風景である。空は雲に覆われ一面真っ白、地面も真っ白と、目には少々眩しいものだったが。
「ふー、こうも毎日雪だったんじゃやってらんないよねー。お鍋もさすがに食べ飽きちゃったよ」
「それはお前がものぐさだからだろうが。いくらなんでも二週間ずっと寄せ鍋と水炊きのローテーションじゃきついに決まっとる」
 カービィに淡々とツッコミを入れるのは、この国を一応統治しているデデデ大王である。いつもの帽子とガウンに加えてマフラーを巻いている。そのマフラーにもガウンと同じ紋章が入っている。
「えー、だってさー、鍋って楽じゃん。野菜を買ってきて切って煮るだけだし。冬の時期の主婦の味方! って感じ?」
「そういうことじゃなくて、味を変えればいいと……」
 大王は言いさしてふと我に返ったように息を吐き、静かにかぶりを振った。味を変えたところで鍋料理ばかりでは飽きるのは明白だろう。
「そしたら、別のあったかい料理を作ってみればいいんじゃないの? シチューとか……」
 二人の横でキャンバスを立てて風景を描いていたアドレーヌが話に加わってくる。
「うーん、そうかぁ。寒くてあんまり料理する気が起きなくて、ついつい楽だから鍋ばっかり作ってたけど、シチューとかカレーもいいね」
 カービィは夏ごろに大王やリック、クー、カインたちと連れ立ってウィスピーウッズの住む森あたりにキャンプに出かけたのを思い出した。あのときみんなで作ったカレーはとても美味しかったという記憶がある。
「よーし、なんかやる気出てきたかも。おいしいカレー作っちゃお」
 カービィは雪の上から立ち上がると大きく伸びをして息を思い切り吸った。そのまま体を膨らましてふわふわと浮かび、また息を吐き、ぽよん、と可愛らしい音を立てて着地する。こうすると気合が入るんだ、とは本人の弁である。
「せっかくだしなんかいっぱい作りたくなっちゃった。大王もアドレーヌも今日うちに晩ごはん食べにこない?」
「あら、いいじゃない。ぜひお邪魔するわ」
「ま、まあ、お前がどうしてもって言うなら……」
 満面の笑みで返すアドレーヌと照れくさそうにそっぽを向くデデデ大王は、並んでいると実に好対照である。
 カービィは二人に手を振ると、雪の上に点々と丸い足あとをつけながら、弾むような足取りで家路を急いだ。

「えーっと、お財布お財布……」
 カービィは家に帰ると慌ただしく動き始めた。布団が乱れたままのベッド、読みっぱなしで散らかった本に足を取られつつ、せかせかと買い物の準備を始める。
「……よし、これでオッケー」
 そうするとまたカービィは家を飛び出し、雪の中を急ぎ足で歩いて行くのだった。

「えーと、じゃがいもとー、人参と……」
 走り書きの、傍目には判読不可能なメモを片手に、カービィは買い物籠に野菜を入れていく。ふと、青果売り場の端にでかでかと掲げられた”半額”のポップが目に入る。
「おっ、今日はりんごが安いんだ。デザートも作ろっかな」
 鼻歌交じりに果物コーナーへ向かい、りんごを詰めていく。
「そしたら、あとは……」
 雪のせいか心なしか人影もまばらな店の中をるんるんと跳ねるように歩く姿はきっと目立っていたに違いない。
「お肉、牛乳、スパイス……」
 てきぱきと買い物をこなし、レジへ向かうカービィ。少々買いすぎたようで、買い物籠を運ぶのが少々大変そうである。
「いらっしゃいませー」
 レジに立つのは”研修中”の札を付けたワドルドゥである。
「えー、120デデンが一点、りんごが……」
 どうやらちょうど他の店員が席を外しているらしく、随分おぼつかない手つきでレジを打っている。カービィは苛つきこそしなかったものの、なんとなく落ち着かない気持ちになった。
「お、お待たせしました、全部で3500デデンです」
 随分時間が経ってしまったような感覚を覚えつつ、カービィはやれやれと財布を取り出し、中身を取り出そうとする。
「……あ、あれ? ひい、ふう……」
 血の気が引くとはまさにこのことかもしれないとカービィは思った。財布の中身が明らかに足りない。
「あ、あのー……すみません、ちょっと中身が足りなくって……取ってくるので、これそのまま置いといてもらえますか?」
「えっ!? あ、は、はい、かしこまりました!」
 店員も客も両方がうろたえているというなんとも情けない状況だった。カービィは恥ずかしさを隠すように小走りでスーパーを出た。
「うー、お金入れとくんだった……」
 そんなことをぶつぶつ呟きながら、またしても白い世界を駆け抜けていく。
「わぶっ」
 と、注意が散漫になっていたせいか、足を取られて思い切り雪の上にダイブしてしまう。慌てて起き上がり雪を払うと、綺麗な丸い跡が残った。
「んもー……」
 誰にともなくこぼし、カービィはいささかゆっくりとした足取りで家へ向かった。

「あ、ありがとうございましたー」
 新人店員であろうワドルドゥの戸惑いがちな声を背に、カービィはスーパーを出た。ただ買い物をするだけなのにこうも疲れるものか、と思う。
「……なーんか、やる気なくなっちゃったなぁ……」
 そう呟いて、いけないとかぶりを振る。
「今日はお客さんも呼んだんだからがんばらないとね」
 そう自分に言い聞かせるような小さな声は、雪の中へと静かに落ちていった。

「さて、カレーと、サラダと、デザートと……」
 普段は一人で食べることが多いので、カービィもレシピなどはあまり気にせずに料理を作っている。しかし友だちを招くとなれば多少はしっかりしたものを作らねばなるまい……そう考えてカービィは本棚の奥から古いレシピ本を取り出してきたのだった。
「えーと、カレー、カレー……これだ。”コックカワサキのうまみ爆発バンバンカレー”」
 カービィはいつになく真剣な顔で本を凝視している。過去にさまざまな敵と対峙してきたときよりも、ことによると真剣さは上かもしれない。
「なるほど、隠し味にマキシムトマトを半分……隠れてない気もするけど、カワサキのレシピなら間違いないかな」
 ややボリュームの大きめなひとりごとである。
「なになに、”ちょっとだけチョコレートを入れるとなお味が引き立ちます”」
 その後も、本に記されているワンポイントを逐一口に出しては確認していく。少しだけメモをしようと用意した紙は結果的に真っ黒になってしまった。
「よーし、ひとまずこれでオーケー。早速作ろう」
 いそいそと台所に向かい、きちんと石鹸を使って手を洗い、買ってきた材料を洗い……と、基本的なプロセスを踏んで料理を始めるカービィ。少々調子っ外れな鼻歌を交えて、この家では久しぶりの、鍋以外の料理が生まれようとしていた。
「えーと、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、っと」
 洗いたてで皮を剥かれたじゃがいもはすべすべと白く輝いているし、人参の赤みを帯びた新鮮さも十分、玉ねぎも綺麗な白で、生で食べても十分にいけそうな見た目である。
 カービィは人参と玉ねぎをサラダにして今すぐ食べてしまいたいという思いをこらえ、溢れそうになるよだれを拭いながら包丁を手にとった。
「うー、目にしみる……」
 玉ねぎを切るときにはもはや定番の現象であるが、何度経験しても辛いものは辛い。少し鼻歌もボリュームが落ちたようだ。
 包丁の軽快な音と野菜の切れるみずみずしい音が台所中に響き渡る。これを耳にするだけでも、脳と胃はご飯を食べる準備に入りそうだ。現に作っている当人であるカービィのお腹もぐるぐると激しく鳴っている。
「よーし、あとはお肉っ」
 今日の肉はいつもカービィが買っているのよりも少し高いものだった。身の締まり具合、脂のノリ具合も最高だと、精肉売り場のナックルジョーも言っていた。
「……これ、ソテーにしたらおいしいかなぁ……」
 ふと呟いて邪念を払うかのごとくかぶりを振る。
「駄目だ駄目だ。カレーカレー」
 その後材料を炒めて水を入れるまでずっと、カービィは鼻歌をやめてカレーカレーカレーと呪文のように唱え続けていた。

「えーっと、カレー粉」
 買い置きのカレー粉を手に取り、カービィは蓋を開けようとする……が、長いこと開けていなかったせいか蓋がなかなか開かない。
「……っ」
 少々力を込めてみても事態は進展しない。
「そうだ」
 カービィはおもむろに台所を離れると、戸棚の中をなにやらがさごそと漁りだした。使い古しのおもちゃや昔の雑誌が飛び出し、しばらくしてカービィは何やら光る物体を取り出す。
「これでスープレックスをコピーして……っと」
 埃をかぶっていて今ひとつ判別不能だったが、どうやらコピーのもとだったようだ。
「よっし、これならっ」
 茶色いボディに青い鉢巻というとうてい料理をするようには見えない風体で、カービィはカレー粉の缶を掴み、力を込めて蓋を開けた。
 十分すぎるほどの力が加わったせいか少々変形した蓋はキッチンを通り越してベッドにまで飛んでゆき、そして残った缶はカービィの手をすり抜け、ぐつぐつと煮立ち、湯気を立てている鍋の方へと綺麗に飛び込んでいく。あっ、と声を上げる暇もないままに、ちゃぽん、とあまりにも軽い音とともに、缶はスープの中へ沈んでいった……。

「……で、結局カレー鍋か」
 日もとっぷりと暮れた後で、カービィの家の食卓についたデデデ大王は、肉を飲み込むと呆れ顔でそう言った。
「あ、あのままだと濃すぎるから、ダシを混ぜて薄めてみようと思ってさ……結局鍋になっちゃった。でも、ほら、味違うし、おいしいでしょ。鶏肉にしといてよかったよ」
 カービィはばつの悪そうな表情を浮かべながらもせっせと野菜や肉を口に運んでいる。
「うん、でもおいしいね。野菜の味がよく出てる」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいな。怪我の功名……ってやつ?」
 大王も怪訝な表情ながらおいしいとは思っているようで、もくもくと箸を動かしている。
「結局、冬はお鍋なんだよね」
 カービィはどこか自分に言い聞かせるような調子でそう言うと、スープを一口すすった。確かにスパイシーな香りと程よい旨味、野菜の甘味が調和して非常においしい。
「……ま、寒いうちにいっぱい鍋を食べとくのもいいかもしれんな」
「そうよね。……さすがに、たまには違うのにしたほうが飽きないとは思うけど」
「でも、二人共まだこの冬にはそんなに食べてないでしょ。ほら、いっぱいあるから食べてね。デザートもあるから」
 そう促し、カービィはテーブルの後方、キッチンのコンロの方を一瞥する。そこには大ぶりの鍋がもう二つある。
(今度は薄めすぎちゃったんだよね……)
 心のなかでそっと呟くカービィ。この後数時間にわたって延々とカレー責めが続くことに、あとの二人はまだ気づいていなかった。

おわり
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