ちゃせんさんの小説

【エピソードパズル】えちごやのおかし


 越後屋。日本でしばしば見られる屋号。また、現在の三越の創業時の名称。江戸日本橋駿河町にあった三井家経営の呉服店。
 時代劇では悪徳商人としてしばしば越後屋の名が登場する……と思われがちだが、実際には色々な屋号が登場しているという。

えちごやのおかし

 昔々のお話でございます。 世界のどこかにある、プププランド。戦乱に明け暮れた時代はもはや遠く、世の中はすっかり平和となっておりました。
 しかし、こんな平和な世だからこそ、お役人が罪なき民をいじめては私腹を肥やし、そんな役人にごまをすっておこぼれを頂戴する不届き者もおりました。
 これは、そんな不正をただすために旅をした、とあるご老公のお話。

「今日もいい天気ですね、ご老公。こんな日はお団子が食べたいなあ」
 桃色の元気よく跳ねまわる若者――カービィが、青い空の下で大きな口を開けながら言った。
「何言ってるんだカービィ。お前は雨だろうが大雪だろうがなんだろうがいつも食べたいんだろ」
 そんなカービィを茶化したのはリックだった。
「おいおい、お前だって別嬪さんには目がないだろうが」
 更に真面目な顔で突っ込みを入れるのはクー。一行の中では一番の頭脳派である。
「これこれ、静かにせい。若い娘じゃあるまいし、うるさくさえずることもなかろうて」
 そんな彼らを諌めたのが、一行の長である”ご老公”である。分厚いたらこ唇が印象的で、一見するとまるで悪代官と言わんばかりの顔立ちをしている。
「へえ、すみません」
 青い空、白い雲、鳥のさえずり、花の香り、そよぐ風。春爛漫と言わんばかりの天気の下、一行はのんびりと旅をしていた。
「あー……雲がお団子に見えてきたよぉ……」
 カービィだけ色気より食い気なのはいつものことだった。

 そしてしばらく後。街道沿いにある小さなお茶屋で、一行は少し休息をとっていた。
「あー、お団子おいしい。お茶の渋さがまたいいなあ」
「お前、全国のお茶屋食べ歩きでも書けば売れるんじゃないのか」
「あっそれいいね。でも書くより食べるほうがいいや」
「ははは……やっぱりそうか」
 あまりに幸せそうな顔で団子を一個一個大切に頬張るカービィからは、旺盛な食欲と食べることに対するなにか愛情めいたものさえ感じられる。
 そんな雰囲気を全身から振りまいているせいか、給仕をする娘も和やかな顔で一行の前を通り過ぎる。
「お姉さん、このお団子すごくおいしいですよ」
「あら、それは嬉しいわ。ここのお菓子は全部、この先の町にある天河庵っていう店から卸していただいているんですよ」
「ほう、天河庵とはまた美しい名前ですな」
 ご老公がお茶をすすりながら話に加わる。娘は少しぎょっとしたような表情を浮かべたが、すぐに微笑みを取り戻して話し始めた。
「ええ、町でも評判の菓子屋さんでしてね。店自体は小さいんですけど、一品一品手作りで、それはもう色んなお菓子があるんですよ」
「そんなにあるんですかい。そりゃあちょっと見てみたいな。ねえご老公、ちょっと寄って行きましょうよ。どうせ宿も探さなくちゃいけないんだし……」
 串を五、六本ほど置いた皿を片手に、腹をさすりつつリックが言う。
「そうだのう、少し寄っていくか。あ、娘さん、お勘定」

「あ、あそこだ。天河庵……」
 一行がたどり着いたのは、ごく小さな町である。民家と商店が立ち並んではいるものの、そこまで大きな建物もない。
 ただ町の真ん中には一軒だけ、この町にはまるで似つかわしくないような豪邸が建っていた。
 目指す天河庵は町のはずれにひっそりと建つ店である。古びて黒ずんだ木の看板に、これまたところどころはげたごく質素な扉。一見するとお菓子屋とは分からないかもしれないが、店中に所狭しと並べられた菓子は桜色、蓬色と色とりどりで、まず訪れた客の目まで楽しませてくれるようだった。
 それに店内には菓子の甘い香りが満ちていて、それだけでもお腹いっぱいになりそうな具合である。
「ごめんください!」
 はぁい只今、と、店の奥から若い娘の声が返ってくる。それからいくばくもせず、年の頃は十七かそこらであろう、美しい娘が顔を出した。
「いらっしゃいませ! 狭いお店ですが、ごゆっくりご覧になってくださいな」
(これは綺麗な娘さんだなぁ……たまげた)
(こら、そういう目で人を見るんじゃない)
 ぼそぼそと、リックとクーが言葉を交わし合う。口ではリックを戒めてみたクーだが、確かに目の前にいる娘は美しい。
 整った丸い体型と、つやつやした肌に、ぱっちりとした目。どこをとっても正統派の美人というのがぴったりだった。
「私、この店の娘のおワドと申します。ごゆっくりどうぞ」
「は、はい! ご、ごゆっくり!」
 なぜかクーとリックの声が唱和する。二人は呆けた顔で互いを見たが、カービィはそんなことは意に介さずにさっさと菓子を選びにかかっており、娘――おワドは、そんな一行の様子を見ておかしそうにころころと笑っていた。
「まったく、しょうがない奴らじゃわい。どれ娘さん、この老いぼれにも食べやすい菓子などありますかの」
「ああ、それでしたら……」
 おワドは強面の老人にも全く驚いた様子はなく、にこやかに品物の説明を始めている。
 一気に四人もの客が来たせいか、店の中は急に活気づいたようだった。約二名ほどは、少し顔を赤らめてうつむいているだけなのだが。

「ありがとうございました、またいらしてくださいね」
 店先でおワドに見送られ、一行は宿を探しに向かった。カービィの手には少々大ぶりの包みが抱えられていて、何か買ってもらった子供のようにニコニコと歩いている。
「カービィ、お前少し買いすぎだぞ。路銀だって際限なしにあるわけじゃないんだからな」
「いいじゃな〜い。色気より食い気、花より団子、お金より食べ物!」
 経済構造とはまるで逆行するようなことを声高に叫んでいるが、そんな難しいことを考えるようなカービィではない。
「さて、じゃあ宿でゆっくり味わうとするかな」
 そう言って通りを歩いていると、向こうからあからさまに人相の悪い男が数名歩いてきた。
 ご老公と張り合えるほど人相の悪い者が三、四人いるので、迫力は満点である。
(なんだかこんな小さな町にゃ少しばっか厳つすぎやしませんかね)
(うむ……何もなければいいがのう)
 ぼそぼそと話す二人を横目にじろりと睨めつけて、男たちは去っていく。
「なんだか妙に引っかかるなあ。ちょっと追ってみます」
「俺も」
 ちょっと待てと引き止める声も聞かず、リックとクーは男たちが去っていった方向へと走りだしていた。
「……ご老公、どうします?」
「しかたあるまい」
 やれやれ、とでも言うように、ご老公はかぶりを振るのだった。

「確かこっちのはずなんだが……」
「見失ったか」
 道を少し行き、ちょうど天河庵の近くに二人はいた。男たちの姿を追ってきたはずなのだが、どこかで見失ってしまったらしい。
 仕方なく引き返そうとした刹那、絹を裂くような女の悲鳴が、二人の耳に飛び込んできた。
「助けて!」
 見ればあのおワドが先程の男たちに腕を捕まれて連れて行かれようとしている。一も二もなく、二人は飛び出していた。
「待ちな! どういう訳か知らねえが、こんなかわいいお嬢さんに乱暴するたあ、見過ごせねえな」
「お前ら、商売の邪魔だな。さっさと失せな」
 な、なんだお前らは、だとか、ちっ、邪魔が入りやがった、だとか、そういった台詞が飛び交った。男たちはそれぞれ刀や棒など得物を持っている。
「とことんやり合おうってわけかい。じゃあしょうがねえ」
 そう言ってリックは腕をポキポキと鳴らすと、素手で勢いよく男たちに組み付いていった。クーもまた、自分の羽を手裏剣のようにして飛ばし援護をする。
「う、うわわわわ!」
 相手の持つ武器を次々とリックがへし折り、クーの羽が上から襲いかかる。人数はいても、この状況では力の差は歴然としていた。
「ちっ、覚えてやがれ!」
 どこかで聞き覚えのある台詞を吐き捨て、蜘蛛の子を散らすように男たちが逃げていく。
「おワドさん、怪我はないかい」
「ええ、ありがとうございました……」
 と、そこへカービィとご老公の二人も追いついてきた。
「おワドさん、大丈夫ですかな」
「ええ、おかげさまで……よろしければ、うちでお茶でも召し上がっていかれませんか」

 店の奥に生活するための部屋があった。ほんの小さな部屋で、多少の家具しか置いていない。見ただけでもつましい生活を送っていると分かる光景だ。
「先ほどは、ありがとうございました」
「お礼ならこの二人に。しておワドさん。何かわけがおありのようですな。もし差し支えなければ、この老いぼれに話して下さらんか」
 おワドは少し伏し目がちに逡巡していたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
「ご存知のように、うちはこのような小さい和菓子屋です。もちろん商売が順風満帆というわけにはいきませんが、それでもお父つぁんと二人で、そこそこの暮らしができてたんです」
 見れば、この家にはおワドひとりらしい。父親の姿は先程から見当たらない。
「それなのに、お父つぁんったら……年頃の娘にいい暮らしをさせたい、なんて、いい加減な儲け話に乗ってしまって」
「それは、さっきの男と関係があるんですか?」
 こくりと頷く。
「あれは越後屋の手の者です。お父っつぁん、越後屋の持ってきた儲け話に乗って、店の売上も何も全部持っていかれてしまったんです」
 そう言うおワドの背中越しには、つぎはぎだらけの障子やひびの入った壁が見える。畳も長く替えていないようで黄ばんでしみが浮かんでいる。
「おまけに、もうすぐ売り出す予定だった新しいお菓子の作り方まで盗まれてしまって。お父つぁんの借金は全部あのお店の主人に。おまけにお父つぁんの借金のことで私を脅して、お代官様のところへ売り飛ばす気なんです」
 店先から、季節に似合わぬ薄ら寒い風が吹き抜けていく。
「その菓子を売り出して、越後屋は大繁盛です。うちの客足はぱったり。もうまるでだめです」
 それはひどい、と三人が身を乗り出しかけるのを、ご老公が静かに制した。
「して、おやじさんは今どこに」
「私を売り飛ばすのだけはやめてくれと越後屋へ直訴に行って、そのまま牢屋に入れられてしまいました」
 おワドの目からはらはらと大粒の雫がこぼれ落ちる。
「お代官様は越後屋とグルになって、私服を肥やしているってもっぱらの噂です。そもそも越後屋とうちの問題にお代官様が出てきて、そのまま牢屋に入れられるなんて……」
「ふむ。しておワドさん、この一件、わしに任せては下さらんか」
「え? でも、見ず知らずの方を巻き込むわけには……」
「いやいや、こちらも事情を知ったからには、そのまま放っておくわけにもいきますまいて」
「ああ、ありがとうございます……でもやはり、お代官様が味方についていては……」
「いいや、なんとかなるかもしれませんぞ」
 おワドの顔からは不安が消え切れず、眼の前にいる老人を訝しげな目で見つめるだけだった。
「あなたがたは、一体……」
「なあに、ただの呉服屋の隠居じじいです」

 一方その頃、町の真ん中に建つひときわ大きなお屋敷。
 豪華な絹の着物に身を包んだ越後屋の主人フロスティと、この町を治める代官のボンカースが、薄暗い部屋で向い合っている。
「お代官様。天河庵の件ですが、今日は思わぬ邪魔が入りまして……でも必ずや、娘を連れて参ります」
「うむ。期待しておる。あの娘を我がものにできるなら、いくらでも金を出してやろう。ふふふふ」
 代官の顔には本来あるべきはずの威厳など微塵もなく、ただ締まりもなく欲望にまみれ、醜く歪んでいる。
 それにへつらう越後屋もまた同じく、良心や理性などかけらも覗かせていない。
「してお代官さま。これが我が越後屋の新作でございます。どうぞご賞味ください」
「む。これは美しいのう……さすが越後屋。天河庵を潰して、菓子の製法まで盗むとは、そちもなかなか悪よのう」
「いえいえ、お代官様ほどでは……」
 綺麗に張り替えられたふすまと新しいいぐさのさわやかな香り、そして焚きしめられたお香で部屋は美しい雰囲気であったが、そこに似つかわしくない二人分の下卑た笑いがこだました。
「ところでその邪魔というのは」
「ああ、通りすがりの隠居じじいとその一行のようで。いざとなればまとめて引っ捕えます。この証文さえあれば、天河庵めに勝ち目などありますまい」
 そう言って越後屋は、証文を大事に大事に箱にしまうと、部屋の奥にしまった。……天井から向けられる視線にも気づかずに。


「ご老公、証文さえ取り返せばなんとかなりますよ」
 顔中ほこりまみれにしながら戻ってきたクーが言った。
「ふむ、しかし屋敷の奥ではのう……どうにかならないものか」
「じゃあ、夜になったら僕がクーと一緒に忍び込んでみます。もし気づかれたら精一杯戦いますけど、その時はリックにも応援に来てもらうということで」
「分かった。じゃあ、俺はご老公と一緒に近くで待ってるから、なんか会ったら悲鳴を上げるなり暴れるなりしてくれよ」
「りょーかい。じゃあ早速今夜決行だ」

 やがて日がとっぷりと暮れると、辺りは真っ暗になり、通りの人影はまばらになった。
「よし、じゃあ行ってくる」
 クーはカービィを足でがっしりとつかみ、ばさばさと飛んでいく。暗闇に二人の姿が消えて見えなくなると、リックとご老公は物陰に身を隠した。
「あの二人、うまくやってくれますかね」
「大丈夫じゃろ。まあいざというときは……」
 二人は含みのある表情で視線を交わす。なぜだかいたずらっぽい笑みを浮かべているご老公なのである。

「大丈夫か?」
「うん、見張りはいない……みたい」
 クーは極力羽音を消して、庭の植え込みの陰にそっと着地する。そして間髪をいれず、二人は足音を立てないように、しかし早足で屋敷に上がり、証文のある部屋を目指した。
「ここだな」
 声を出さずに頷き合って、二人はそっと部屋へ入る。明かりもなく手探りであるが、クーの記憶だけを頼りに証文を探した。
「……これか?」
 クーの手に、硬い木の感触が確かに感じられた。それを手で手繰り寄せ、月明かりに照らして見る。暗いので細かい字は読み取れないが、『天河』『越後』といった文字が読み取れた。
「よっし、これで大丈夫だ。じゃあ……」
 二人は部屋から抜け出た瞬間、大柄な男とはち合わせた。この家の主人、越後屋フロスティその人である。
「ぬっ!? お前たち、何者だ!」
 思わず硬直する二人を前に、クーの手に握られていた紙を、越後屋は目ざとく見つけた。
「それは……まさかわしの証文! く……曲者じゃー!」
 その叫びに応じて、あちらこちらから越後屋の私兵――ただのごろつきにしか見えないが――が飛び出してくる。あれよあれよという間に、二人は取り囲まれてしまった。
「くっ……しょうがないな。カービィ、行くぞ」
「合点」
 クーはカービィを先ほどと同じ要領でがっしりつかみ、カービィは懐から何やら渦巻きのようなものが刻まれた光る物体を取り出すと、それを飲み込んだ。
 夜の闇にもひときわ目立つその光に、相手の目も思わず釘付けになる。そして男たちが動き出す前に、クーとカービィは大きく息を吸い込んで呼吸を合わせ、刹那ぐるぐると凄まじい大回転を始めた。
「きゃあ〜! た〜す〜け〜て〜!」
 ご老公の言葉を忠実に実行する形で、男たちをばたばたとなぎ倒し、障子を破り、倒して暴れまわりながら、まるで助けを乞う娘のような甲高い声でカービィは叫んだ。もうもうと巻き上がる土煙がさながら竜巻のように高く舞い上がる。
「なっ、なんだこいつら! 妖術使いか!」
「失敬だなー、人を妖怪呼ばわりだなんて」
 ぐるぐると高速回転しながら、まるで酔った様子もなく平然とカービィはつぶやく。
 そうこうしているうちに出てきた者は越後屋も含めて皆地面に倒れていた。
「うわー、派手にやったなー」
 騒ぎを聞きつけて、リックがご老公を連れてやってくる。
「ここまでやれとは言うておらんのに……」
「いやあ、不可抗力ってやつで……」
 はあ、とため息をつきつつ苦笑いするご老公。と、今度は門の方からわらわらと人が入ってくる。どうやら代官とその一派のようだった。
「お主ら、この町の者ではないな? このような狼藉、許されると思うてか! 者ども、こやつらをひっとらえよ!」
 ご老公を後ろに下がらせ、三人が前にでる。昼間と同じようにリックは素手で、クーは羽を飛ばして応戦する。カービィはと言うと、口を大きく開けて息を吸い込み、強い風を起こして攻撃していた。その過程で何人かは巻き込まれて転倒したり口の中に入ったりする。
 しかし、討てども討てども敵は立ち上がって向かってくる。豪華な庭の茂みや池、石の上など、様々な場所からやってくる敵に、三人は精一杯応戦するしかなかった。
 そんな騒ぎに乗じて、ご老公の後ろに代官が迫っていた。その口を大きな手で塞いで捕まえてしまう。
「ご老公!」
 三人が気づいた時には、ご老公は手を捕まれ、身動きが取れない状態になっていた。
「ふふふ……このじじいめがどうなってもいいのか。さあ、おとなしくお縄を頂戴するがいい」
「……悪いことは言わないから、離したほうがいいよ」
「ああ、そうだな。早いとこ離さないと、お前さんのほうが痛い目見るぜ」
「同感」
 想定に反して全くうろたえる様子のない三人に、代官は驚いた。そして次の言葉を口に出そうとした瞬間、彼は自分の体がふわりと中に浮くのを感じた。
「えっ……」
 そしてある程度まで上がりきった体は重力に引かれ、思い切り地面にたたきつけられる。起き上がることも出来ないその眼前に、大きな木槌が迫っていた。
「……さて、これでもまだ、同じことが言えますかな?」
 身の丈の半分以上もありそうな大きな木槌を、この老人は軽々と片手で持ち上げて支えている。
「な、何者だ……お前は……」
 そう自分で言っておきながら、次の瞬間には代官の顔からさっと血の気が引いていった。
「ま、まさか……その木槌は……」
 そこでリックとクーがものものしい足取りで改めて男たちの目の前に現れる。
「控えおろう! こちらにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くも天下の将軍、デデデ大王様にあらせられるぞ!」
 木槌――ハンマーともいうらしい――に刻まれたうさぎの顔を象ったような、もしくは手で「ニ」を数えた時のような模様が全てを物語っていた。
 この国を治める大王は、お忍びで旅に出ることがある、という噂だけはあった。しかしそれは噂であって、まさか一国の王が小さな町の不正まで暴きにはくるわけがない。
 そんな油断も、この王の前では許されない。そういうことである。
「は、ははー!」
 まるで芝居の世界のようなことが現実に起こっていた。先ほどまでの威勢はどこへやら、皆が目の前の老人――デデデ大王に向かってひれ伏している。
「越後屋フロスティに、代官ボンカース。これまでに二人で行った不正と、天河庵の一件。全て洗いざらい告白するように。そして天河庵から盗んだ菓子の製法は、金輪際用いぬことだ」
「は、ははーっ!」
「追って裁きが下るであろう。これに懲りて、二度と悪事など働かぬことだ」
 そういうと真面目な顔が一気にほぐれ、デデデ大王はからからと笑い始めた。……どことなく、悪代官よりも悪巧みをしていそうに見えるのは、気のせいだろう。


「本当にありがとうございました。まさかあなた様が……」
「いやいや、わしはただの隠居じじい、ですぞ」
 次の日、天河庵の前でおワドとその父が一行に深々と礼をしていた。
「このお菓子、越後屋から取り返して、早速作ってみたんです。道中どうぞお召しあがりください」
 そう言っておワド父娘が手渡したのは、小奇麗な紙の箱である。
「開けてみてもいいですか?」
 どうぞ、という声を聞くとすぐに、カービィが中身を取り出してみる。
 見るとそれは小ぶりな饅頭だった。薄い桃色と白の二色があり、紅白の色合いがなんとなく縁起のよさを感じさせた。
「これは……綺麗ですね。今からの季節にぴったりな色合いだなあ」
「ありがとうございます。本当に何から何まで……」
「いえ、俺達は当然のことをしたまでですよ」
 
 そうして一行はこの小さな町を旅立った。
 カービィは早速饅頭を口に運んでみる。餡はこしあんで、品のいい甘さと、ほんの少しだけ塩味が混ざっている。
「ん……これは……」
 桃色の饅頭からは、ほんのりと桜の香りが漂ってくる。
「そうか、これって桜の色なのか。豪華じゃなくても、ちょっと高級な感じだな」
「こういうお菓子を越後屋が売ってたなんてなあ。これが”えちごやのおかし”だなんて、ちょっとな」
「そうじゃのう。しかし、どんなに作り方を真似たところで、越後屋にはきっとこの味は出せまい」
「それもそっか」
 一行の朗らかな笑い声が、青空高く響き渡る。
 さて、ご老公の次なる行き先は、どこになるのだろう。

おわり
page view: 1400
この小説を評価する:                   (5)