ちゃせんさんの小説

【短編】決心


 どことなくふわふわと空中を漂っている感じだった。
 現実と夢の間を漂う、あの独特の気持ちのいい感覚を楽しみながら、ぼくは体を左右に揺らす。
 外からは早起きな鳥たちのさえずりが聞こえてきている。『はやくおきろー』と急かしてるみたいだ。

「うーん、あと、五分だけ……」

 誰にともなく言って、ぼくはまた気持ちいい時間を楽しもうと、ごろり、と横に……ん?
 途端、首根っこ――そんなもの、あるかどうか分からないけど――をぐいと掴まれて、ひょいと持ち上げられる。

「おい、いつまで寝とる」
 ん、このお山の向こうから聞こえる雷鳴みたいながなり声は……。
「むにゃ、だ、大王さま……?」
「お前、家来のくせに大王のワシよりもねぼすけでどうするんだ」
「はい、すみませーん……」
 さながら猫みたいにぶらんと手足を投げ出して掴まれながら、ふるふると頭を振って目を覚ます。
「起きたか?」
「はいっ」
 ほんの少し力を入れて返事をしてみる。朝からシャキッとできる気がする。
「まったく、お前はもう少し部下としての緊張感というものを持った方がいいぞ」
 実は、大王さまにこうやって起こされるのはこれで五度目くらいだったと思う。頭じゃわかってても、なかなか体は言うことを聞いてくれない。
「お前の役目はワシの身の回りの世話なんだからな、ワシに世話をさせてどうするんだ」
 全くもっておっしゃるとおりです。もうデデデ城で働きはじめて二ヶ月になるけど、こんなんじゃ部下失格だ。しゃきっとしよう。しゃきっと。
「じゃあワシは午前中の仕事を始めるからな、早く来いよ」
「はいっ」
 でも、毎回毎回わざわざ大王さまが呼びに来てくれるって、すごいことだ。もしかして昇進も……なんて、こんな新入りのドジなぼくには、まだまだ遠い話だよね。
 ふぅ。なんだか朝なのに溜息が出ちゃう。

「よしっ」
 改めて気合いを入れ直すと、ぼくは枕元に大事に畳んでおいた紺色のバンダナを頭に着けて、今日の仕事をはじめた。
「大王さま、今日は何をすればよろしいでしょうかっ」
 大きな机の上に載った書類の山の向こうから、ごほん、と大きな咳払いの音。えっと、こういう時は……。
「お茶ですね、分かりましたっ!」
 今まで大王さまのお世話をしてきた先輩ワドルディたちの話だと、大王さまが何か言い出す前に咳払いをしたり、手を挙げたり、そんな行動で心が読めてしまうらしい。
 ただ、世話係は原則一人なうえに、教育係もそう付かないみたいだから、大変だったのは皆同じらしい。ぼくも現在進行形で大変な思いをしている。
 最初は何のことか分からなかったけど、最近じゃ大体なんのことか分かるようになった。えっへん。
 厨房でカワサキさんにみっちり教えてもらったおかげで、コーヒーも紅茶も緑茶も、大体大王さまの好みに合わせた絶妙な加減をできるようになった。

「失礼しまーす」
 元気に挨拶して厨房に入ると、カワサキさんがいつも通りのほがらかな笑顔で応じてくれる。
「おうバンダナ。今日は寝坊しなかったかい?」
「えっと、今日も……」
 ははは、とこれまたほがらかな笑い声。
「またやったのか。しょうがないなぁ。今度からフライパンでたたき起こしてやろうか」
 笑いながら言ってるけど、なんだかこの人、普通にためらいなく殴ってきそうで怖いなぁ。
「明日から寝坊しないようにがんばりますっ。で、今日は大王さまのお紅茶を淹れに来ました」
「そうか、茶葉はいつもの所にあるからな。今日はな、新しいブレンドなんだ。大王さまは果たして分かるかなー、っと」
 いつもながら、ひょうひょうとしている、ってこういう人のことを言うのかな。感じがよくてすごく頼れる先輩だけど。
「えーと、ここで、こう、鍋にふたをして三十秒……」
 働き始めの頃に、カワサキさんにタイミングを教わったとき、頭に染みついた言葉を暗誦しながら、立ち上る湯気をじーっと見つめる。
「ここだっ」
 茶葉をこしてカップに注がれたお茶は、きれいに透き通って、とてもいい香りだ。
「うん、なかなかうまくなったな」
「あのときお腹がぱんぱんになるまで味見した結果です」
「あんときゃ付き合わされて大変だったなぁ。もうしばらく紅茶はいいや、って思ったよ」
 相変わらずからからと笑うカワサキさんにお茶うけのクッキーをもらう。笑顔でお礼を言うと、ぼくはトレイを抱えて、二階にある大王さまの部屋に向かう。

「大王さま−、お紅茶淹れてきましたー」
「ん、そこに置いといてくれ」
 相変わらず大王さまの姿は書類に埋もれて見えない。そういえば今日はやけにまじめにお仕事してるなぁ。
「冷めないうちにどうぞー」
 そう言ってぼくは執務室を出る。えーっと、次のお仕事は……あ。
「聞くの忘れた」

 そっと執務室にノックをして入室する。大王さまは紅茶にも手をつけないで机に向かっているみたいだ。
「あのー、大王さま」
 大王さまがびくりと体を振るわせ、さっとこっちを見る。
「な、なんだ。いきなり声をかけるから驚いたじゃないか」
「すみません、、あの−、次のお仕事は……」
 大王さまは、はぁと息をついてかぶりを振る。
「じゃあ、庭の掃除でもしといてくれ。明日は外で日光浴でもしようかと思うからな」
「はいっ」
「おい、ちょっと待て」
 返事をして駆け出そうしたぼくの背中に、大王さまの声が降りかかる。
「お前も、そろそろ自分で仕事を見つけられるようになるんだぞ。どういうわけか大王のワシがお前の面倒を見てるような格好になっとるが、本当はお前がワシの世話をするんだからな」
「は、はい」
 言われてみれば当たり前だ。大王さまの挙動を読むのも大事だけど、何をすればいいか自分で考えるのも大事だ。
 じゃあ、今この瞬間から、次になにをすべきか考えて行動するようにしよう。ぼくはそう決心した。

 ぽかぽかとした日差しが眩しい。庭のごみを片付けたり、生け垣の周りを掃いたりして体を動かすと、自然に汗が滲んでくる。
 頭のバンダナが蒸れるので、一旦頭から取ると、すうっと涼しい風が吹き込んできて、頭がすっきりとした。
 ふと、右手に握ったバンダナを見る。二ヶ月前よりも大分色あせた気がする。そりゃあそうか、毎日着けてるから。
 このバンダナを見ていると、デデデ城に仕官する前の日を思い出す。

「あんた、忘れ物はないね? ハンカチに、ティッシュに……」
「大丈夫だよ母さん、遠足じゃないんだし」
「そんなこと言って、あんたは昔から忘れっぽいんだから、何か大王さまに粗相でもしたら大変でしょ」
 母さんは昔から世話焼きだった。だから尚更、ぼくがお城で働きたいって言ったときは、それこそ天地がひっくり返ったみたいな騒ぎだった。
 でもぼくは自立して働いてみたかった。いつまでも甘えん坊なぼくじゃないんだ。そう決めていた。

「そうだ、あんた、これを持ってお行き」
 母さんはそう言って、紺色の布を差し出した。
「これは……?」
「バンダナよ。私たちみたいなワドルディなんてゴロゴロいるんだし、大王さまの側仕えをするんなら覚えてもらいやすいほうがいいでしょ」
「えー、そんな……」
「つべこべ言わずに持ってお行き。きっと役に立つから」

 ……母さんはああ言った。たしかに「バンダナ」なんて愛称が付いて先輩たちや大王さまには覚えてもらったと思うけど、その前に「ドジな」という修飾語がつきそうだ。
「ドジなんて言われないように、がんばるぞー」
 ひとりそっと呟いて、ぼくは歩き出す。さて、次は何をしよう。



 重い扉を、力を込めて押すと、かび臭さが鼻をついた。
「こんなに整理してなかったのかぁ……」
 ここの倉庫の話は、先輩たちから聞いていた。大王さまが使わなくなったがらくたや古いものをどんどんしまっていった結果、どうにも整理のしようがなくなってしまったらしい。
「じゃあ、ぼくが整理をしよう」
 自分で考えた結果だもん、きっといい方向に動くさ。
「さて」
 借りてきた燭台のろうそくに火をつけると、足下にもたくさんのがらくたが散らばっていた。
「どうするかなぁ……」
 まずは、持ってきたほうきで埃を集めてみる。もちろん、扉は開けたままで。

「ごほ、ごほっ」
 想像以上だった。もう埃なのか黴なのか、とにかく体には絶対悪いだろうものがほうきの一掃きで巻き上げられて、ぼくの顔を襲う。
 うーん、先にものを片付けた方がいいのかもしれない。
 足下のがらくたをとりあえず左右にどかして、奥の方にうずたかく積まれているがらくたの山に近づいてみる。
「うーん、と……これが取りやすそうだ……」
 ハンマーの柄らしいものが、山の上の方にぴょこんと飛び出ていた。ぼくの頭のさらに上にあるそれを掴もうと、思いっきりジャンプしてみる。
「えいっ」
 あと少し、届かない。もう一度……届いた。
「あっ……」
 その刹那、ハンマーの柄ががくんと落ちる。支えを失った山がゆっくりと傾き始めるのが見えたけど、床に叩き付けられたぼくは身動きがとれない。
 とっさに頭をかばったすぐ後、凄まじい音とともに、いろいろなものがぼくの上に落下してきた。


「う、うーん……」
 目を開けると、大王さまの顔が目に飛び込んできた。
「大丈夫か?」
「は、はい……。ここは?」
「医務室だ。どうやら打撲とかすり傷で済んだみたいだな」
 かすり傷……打撲……。しばらく何の事なのかよく分からなかった。
 あ、そうか。ぼく、倉庫の整理をしようとして、ガラクタの山に潰されたんだっけ。よく生きてたなぁ……。
「まったく、無茶をして。自分で考えて行動するにも限度があるぞ。出来もしない事を最初からやるもんじゃない」
「はい、すみません……」
 あぁ、また大王さまに叱られている。こんなドジでだめな部下、もういらないって思われてるかもしれない。
 気がつくと、頬を暖かいものが伝っている。あぁ、何でこうなんだ。ぼくは本当にだめな奴だ。
「おい、大丈夫か」
「は、はい……でも、こんなドジなぼく、何の役にも立てなくて……」
 ぼくはいつの間にかしゃくり上げていた。なんだかよく分からない、怒りとも悲しみともつかない不思議な感情が頭一杯を支配している。

 ふぅ、と大王さまの溜息。でも深い溜息じゃなくて、浅くて軽いものだった。
「一回の失敗で、そんなに落ち込むもんじゃない。確かにお前は身の丈に合わない無茶をした。これはいけないことだがな」
「……」
「お前の先輩たちだって、本当に色んな失敗をしてきたもんだ。それに、お前は自分が役に立たないって言うが、お前の淹れた紅茶、本当にうまかったぞ」
「え……本当、ですか……?」
 大王さまは、にこりと笑いかけてくれた。
「ああ、カワサキのレクチャーをあんなに上手く飲み込んだのは、お前が初めてじゃないかな」
 かぁっと、顔が熱くなる。ぼくにも取り柄があったんだ、と思えて、すこしだけ嬉しかった。
「ありがとう、ございます……」
「じゃあ、あんまり無理はするなよ」
 大王さまは片手をひらひらと振ると、部屋を出て行った。
「できること……そうだよね」
 ぐっ、と力を込めて手を握ると、さっき打ったらしいお腹のあたりがずんと痛んだ。


 あのあとぼくは、案の定先輩ワドルディたちにこっぴどく叱られてしまった。
 みんな、新入りのぼくをとても心配してくれていたらしい。申し訳なく思いながら、ちょっぴり嬉しかった。

 もうこんな無茶はしない。できることから少しずつやってみよう。でも、いつかきっと、大王さまをしっかり支えられるような立派な部下になってみせるさ。
 そう思いながら、ぼくは今日も紅茶を淹れる。大きなことはできないけれど、おいしい紅茶で、少しでも大王さまの疲れがとれるように。

Fin.
page view: 959
この小説を評価する:                   (0)