ちゃせんさんの小説

【エピソードパズル】悲喜劇〜いちまんえん〜



 プププランドの地底に広がる、いにしえの洞窟『マジルテ』。
 ひょんなことからここに迷い込んでしまったカービィは、地上に脱出する方法を探りつつ、地底に眠るお宝をかっぱらい……もとい、集めながら、探検を進めていった。
 中にはトゲだらけの場所にあったり、ブロックの奥に隠れていたりと、手に入れるのも命がけなお宝もあった。
 しかし、カービィはそんなことはものともせず、果敢にお宝に挑み続けていた。
 そのたびに、彼のお供であるシミラが満身創痍になっていたのは、言うまでもないことである。

 そんなこんなで、お宝を根こそぎ掻っ攫ったカービィは、洞窟の最奥部で待ち構えた魔人をも倒し、帰還することに成功したのだった。
 この物語は、お宝を持ち帰ったカービィの、その後の話である。

 プププランドはすっかり春である。天高く上った太陽がまぶしく輝いている。
「ふんふーん。っと、ただいまー!」
 鼻歌交じりに家に帰ったカービィ。その後ろでは、大荷物を背負ったシミラがぜえぜえと喘いでいた。
「そこ置いといてね〜」
「カ、カービィさん……いくらヘルパーでも……労働条件の改善を……」
 どさり、と大きな音を立てて荷物を置くと、抗議の言葉も絶え絶えに、シミラはへたり込んでしまった。もともと肉体派ではないのだから、こうなるのも当然であろう。
「ありがと〜! じゃ、早速中身をあらためまして……っと」
 
 先ほどまで洞窟で大冒険を繰り広げていたとは思えないほどの身のこなしで、カービィは大きな袋の中身を次々に取り出しては眺めていく。
「うーん、と。ひとまず換金の手間がないようなお宝はないかなぁ……」
 カービィが暫く袋の中身と格闘していると、小さな硬貨が目についた。
「えーっと、これは……お金、だよね。数字は……いち、じゅう、ひゃく、せん……いちまんえん!」
 カービィは叫ぶやいなや、周りに散乱するお宝をはね除けるようにして立ち上がると、一目散に駆けだしていった。
「カービィさぁん……なんで、そんなに、元気」
 シミラはうわごとのようにか細い声で呟くと、そのまま力尽きて寝息を立て始めたのだった。

「一万あったらー、無敵キャンディに、マキシムトマトに、お菓子も買い放題!」
 砂煙を巻き上げて疾走しながら、カービィは自分が好きなだけのお菓子に囲まれている姿を想像した。
 途端、カービィはにへらにへらと締まりの無い表情となり、その口からはよだれが垂れていた。
 暖かな風の中、輝く雫が眩しかった。

 カービィが全力疾走した先には、ひときわ目立つ「おかしや」の看板があった。
 棚には所狭しとお菓子が並んでいるが、客の姿はまばらだった。
「いらっしゃいませ〜」
 店主のMr.フロスティが決まり文句を言い終えるか終えないかのうちに、カービィは戸棚のお菓子を大量にカウンターに置いた。
「これ、全部くださいな!」
 店員は、一瞬あっけに取られていたが、これは売り上げを伸ばすまたとない好機、と悟ると、途端に満面の笑顔を浮かべた。
「はいはい、しめて8000……」
 またも、店員が言い終わらないうちに、カービィはさっと例の『いちまんえん』を差し出す。
 店員も、それをにこやかに受け取った。
 しかし、その顔はすぐに曇った。疑念が顔に表れたかと思うと、続いては怒りである。やがてその怒りは、菩薩のようだった店員の顔を、般若のそれに変えてしまった。
 カービィは、一瞬たじろいだ。店員の放つオーラが、妙に寒気を与えているように思えた。
「えっ、あの……」
「お客さん、コレ、おもちゃでしょ? あのね、商人(あきんど)なめてもらっちゃ困りますがね」
「あれ、でもこれ……本物じゃあ……」
 血の気がみるみる引いていく。カービィもなんとか説明をしたいと思ったものの、本能がそれを許さなかった。すぐに方向転換をすると、一目散に店から駆けだしていく。

「はぁ、はぁ……なんでだろ。これ、10000Gの価値があるって書いてあったのに」
 どこに書いてあったというのか、カービィは訳の分からない独り言を言いながら、とぼとぼと野原を歩いていた。
 なんでだろう、と理由を考え続けていると、ひらめきがカービィの下へ訪れた。
「そうか、これ”えん”なんだ。どこの通貨か分からないけど、とりあえず古物商に持ってけばお金に換えてくれるよね」
 至極当たり前のことである。換金の手間云々という条件はどこへやら、カービィはいきいきとした表情を取り戻し、何度も頷いたかと思うと、平野をまっすぐに駆け抜けていった。

 次にカービィがやってきたのは、『骨董、古美術、ブルームハッターの店』という看板の掲げられた、古めかしい建物だった。
「ごめんくださーい」
 カービィが店に入ると、ほこりっぽい臭いが鼻をつき、思わず彼は眉根を寄せた。
「はいはい、何のご用ですかな?」
 店の奥から出てきたのは、かなり高齢であろう、ブルームハッターの老人であった。店の少し薄暗い雰囲気が、不思議とよく似合っていた。
「あのー、これなんですけど……。換金、できますか?」
 はいはい、と言いながら、店主は虫眼鏡片手に、カービィの差し出した硬貨をじいっと見つめている。
 カービィには、自分の胸の鼓動がはっきりと聞こえた。もしかしたら、この国の通貨にしたら、もっと高いのかも。そんな期待が、いつしか確信めいたものに変わっていく。
 そうして、空気が制止したかのような時間が、どれほど過ぎただろう、カービィがもう何年も経ったような錯覚を覚え始めた頃、店主が静かに顔を上げた。

「価値ゼロ、ですな。残念ながら」
 冷静な店主の言葉が、淡い期待とカービィの心を貫いた。
「えっ、えっ、でも……」
「これは、”一万円”と書いてあります。確かに”円”は遠い星の通貨ですが……それは、こんな紙幣……紙のお金ですな」
 店主の差し出した見本と、手元の硬貨をどんなに見比べても、違いは明らかだった。
 ごーん、ごーん……カービィの頭の中で、ひたすらに釣り鐘が音を立てていた。
 カービィは、『いちまんえん』と名のついたぺらぺらの紙の中に、真面目くさった顔で鎮座している見知らぬおじさんを、少しだけ恨みがましく思った。

 吹き渡る風の中に、少しだけ冷たい空気が混じったように感じながら、カービィはとぼとぼと歩いていた。
「あーあ……せっかくお宝見つけたのに、どうしてだろう……」
 最初に抱いていた期待が大きかったせいか、落胆もそれに比例して大きかった。
「こういう時は、気分転換だよね」
 まだ陰りの残る顔ながら、幾分明るさを取り戻し、カービィは大きく息を吸い込むと、体を膨らませて浮かび上がった。


 平原の広がるプププランドで、ひときわ目立つ山の上、全土を見下ろすような位置にある大きい城。
 そのうち、豪奢な装飾が施された一室で、テーブルに向かい、気取った顔でティーカップを片手にしている人物がいた。大きな目に、分厚いたらこ唇と、全身から威圧感を放っている。
 プププランドを”一応”統治している、デデデ大王である。その前のテーブルには、艶やかな赤色のイチゴが乗ったショートケーキがあった。
 ホイップクリームをたっぷりと使ったそのケーキは、淡い日光に照らされて鮮やかな純白に輝いていた。その周りの空気までが、上品な甘さに包まれているようである。
「うーん、仕事の後の一杯と、三時のおやつ。格別だわい」
「今日はヨーグルトヤード産の新しい茶葉を使ってみたんです。お口に合うなら何よりです」
 そんな大王の横でニコニコとして立っているのは、デデデ城の炊事一切を任されている、コックカワサキだった。
 穏やかで和やかな時間が、ゆったりと過ぎていく。すると、大王の真後ろの大きな窓が、ばぁん、と大きな音を立てて開いた。

「うわっ? っち、ち!」
 驚いた拍子に、大王は紅茶を手元に派手にこぼしてしまう。
「やっほー、大王。今日のおやつはなーに?」
 声のした方を、大王はじっとりとした視線で見やる。案の定、そこいたのは、カービィだった。
「またお前か。さては今日もおやつをたかりに来たんだろう」
 呆れたような大王の声に、カービィはあっけらかんとした表情で応じる。
「そんな人聞きの悪い。お裾分けしてもらいに来てるだけじゃん」
 大王とカワサキは顔を見合わせ、ダメだこりゃ、と言う代わりに、短い溜息をついた。
「……カワサキ、ケーキの余りはあるか?」
「こんなこともあろうかと、ワンホール別に作っておきましたよ。いい加減学ばないと、私も料理長としての面目がありませんからね」
 カワサキは苦笑して頭を欠くと、大王にタオルを渡し、ワゴンを押してそそくさと立ち去っていった。

「あ、大王、これ食べないの? いっただっきまー……」
 途端、大王の大きな手が、それより遙かに大きなカービィの口をぎゅうと絞るように塞いだ。
「これはお前のじゃない。ワシのだ」
「わ、わぅくっとぅ……」
 もはや言葉にならない言葉を吐きながら、カービィはばたばたと手足を動かした。大王がカービィを解放した頃には、カワサキが戻ってきていた。

「うーん、おいしい! さすがカワサキだね」
「うん、それだけはカービィと一致だな。さすがだ」
 口々にほめられ、カワサキはまんざらでもなさそうだった。面映ゆそうに頭を掻いている。

「あー、そうそう。ちょっと聞いてよ大王」
 口の周りをクリームでべたべたと汚しながら、カービィは愚痴っぽく切り出した。
「お前が愚痴なんて珍しいな」
 大王も、カービィの普段と違う様子に関心を持った様子で、話を聞く体勢に入った。
「ついさっきまでさぁ、洞窟を探検してたんだけど……」
 いきなりの報告に驚く大王を無視して、カービィは話し続けた。

「……でさぁ、このいちまんえんだま、10000Gなんて嘘じゃないのって」
 今日の苦労話の締めくくりに、その言葉を聞いた大王は、怪訝そうに眉を寄せる。
「どうでもいいが、お前、Gなんて、ゲームのやりすぎじゃないのか?」
「えっ」
 古物商の言葉を聞いたときと全く同じで、カービィは一瞬固まってしまった。
「でも、洞窟を出るとき、Gって、書いてあったような……」
「どこに書いてあるんだ、そんなこと。ゲームと現実の区別くらいつけろよ」
 いつの間にか、大王はたしなめるような言い方になっていた。
 そんな言葉は全く耳に入っていないのか、カービィはぶつぶつと「G、いちまん、えん、G……」と、独り言を呟き続けていた。

「落ち着いたか?」
 暫くして、大王はカービィの顔を覗き込んだ。
「うん。何とか……で、プププランドのお金って、何だっけ」
「そりゃあ、常識だろう。D(デデン)だ」
「じゃあ、このお金は……?」
「古物商がゼロって言ったんなら、ゼロだろう」
 冷静に対応する大王の言葉が、こんな時はことさら痛かった。カービィはがっくりとうなだれると、よろよろと立ち上がり、「じゃあね」と言い残して帰っていった。
「何なんだ、あいつ……」
 
「よく考えてみたら、こんなの数あるお宝のうちの一つじゃないか。これが換金できなくったって、他のは大丈夫さ」
 は、は、は……。乾いた笑いが、カービィの口から漏れる。
 そうは言いながらも、カービィの視界は少しだけ滲んでいた。価値がゼロであるこの『いちまんえんだま』が、カービィには少々憎たらしく思えてきた。
「だいいち、あんな水の中で、しかも流れがひどいところで、息苦しい思いをして取ったのに、ゼロだって」
 今日一日、この小さな硬貨に振り回されてしまった。そればかりがカービィの頭の中でぐるぐると渦巻いている。
 カービィは左手に持った小さな硬貨を見つめながら歩いて行く。気がつけば日は傾きかけて薄暗かったが、独り言に没頭しているカービィは、自分がどこへ歩いて行くのか、まったく意識していなかった。
 
「えーい、もう、こんなもの、捨てちゃえ!」
 持っていても意味がないし、第一そんなにきれいでもないし、と、カービィは、今日一日の疲れの分、力と恨みを込めて硬貨を放り投げた。
「やぁっ! っと、っと、と」
 硬貨は綺麗な弧を描き、キラキラと夕日に照らされながら彼方へと飛んでいく。
 だが、余りに力を込めすぎたせいか、ついバランスを崩してしまう。
 カービィは、生い茂る雑草の感触を感じた後、全身が支えを失って落下していくのを感じた。空気が背中から腹側へと流れる。
「あれっ?」
 気がついたときにはもう遅かった。カービィは、地面に口を開けた大穴に飲み込まれていったのである。
「うわ、うわあぁ……」
 どことなく既視感を感じつつ、カービィは綺麗に落下していった。

「う、うーん……」
 ひんやりとした土の感触を覚え、カービィはそっと眼を開いた。
 濃い色の土に覆われた道の先には、熱帯の色鮮やかな植物が見える。
「あ、あれ……ここって」
 カービィは急いで周りを見回した。
「マジルテ……?」
 歩みを進めて行けば行くほど、ほんの数時間前までの冒険の記憶が、鮮やかに蘇ってきた。
 ここは間違いなく、死ぬ思いで脱出した洞窟、マジルテに他ならなかった。
「えーっと、もう一度、脱出しなくちゃいけない」
 カービィは独り言に対してしきりに頷いた。
「そして、もう、宝はない……」
 今度こそ、カービィは全身の力が抜けていくように感じていた。
 洞窟を抜けたときの爽快感や開放感の分、いくらか水増しされた疲労感が重くのしかかってくる。
 あのとき、いちまんえんだまを捨てなければ。カービィは、そればかり考えていた。
「もう、いちまんえんなんて……こりごりだぁー!」
 カービィの心からの叫びは、地底に空しく木霊するのであった……。
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