ちゃせんさんの小説

【The Darkness Thunder】 序章 4.旅の始まり


The Darkness Thunder

序章 4.旅の始まり

 茂みの男が、炎を放った。黒々と燃える炎を、ステラの放った青い光が相殺する。
「ったく……この暑いって言うのに、暑苦しい格好なんかしちゃって……」
 ステラは、このような状況下にも関わらず減らず口を叩く余裕を見せた。しかし、険しいまなざしで、目の前にいる三人の男を見ている。
 他の三人も、それぞれが武器を構え、臨戦態勢をとった。矛を持ったリシンと槍を構えたアルシェは前、そして弓矢を持つヴェノームと杖を持つステラは後ろに並び、隊列を組む。

 リシンは感じていた。谷で会った男達より、この刺客の方が、明らかに上手だと。
「……行くぞ」
 ぼそりと聞こえた低い声。それを皮切りに、男達が四人めがけて迫りくる。刀身の短い小刀を構え、素早い動きで攻撃を仕掛けてきた。
 夏の日差しを反射して、キラキラと輝く刀に目が眩む。リシンは、このままではやられる、と感じた。
 アルシェは必死の形相で槍を振り回し、突き、切りつけては飛び退く、という動作を繰り返している。むんむんとした熱気が全身を包み、汗が噴き出している。
 必死に敵の攻撃を受け止め、立ち回る二人の足元は、旅人の通る道からは外れたところだった。ぼうぼうに茂った草に足を取られ、藪蚊に邪魔される。

 一方で、ヴェノームも必死だった。必死の二人の後ろで、次々に矢を弓に番えては、放つ。だが、正面に燦々と輝く太陽が、こんな時は邪魔でしょうがなかった。
 狙いがうまく定まらず、思わず舌打ちしてしまう。少し下がった安全な場所にいる自分がもどかしかった。
 ふと、横でステラが呪文を詠唱しているのが耳に入る。彼女がかっと目を見開いたかと思うと、構えた杖の先には水が生じた。
 その水は先のとがったつららのような形を作り、杖の一振りで敵めがけて飛んで行った。水の矢が敵に命中すると、飛沫が飛び散った。
「くっ……邪魔だ! 小娘をやれっ!」
 水が命中した男が、少しの苛立ちを見せた。その隙に、リシンは矛の一撃を相手の脇腹に叩きこむ。うがっ、という短い呻きと共に、男はくずおれた。
「何だ、意外に注意力散漫だな」
 リシンは汗だくで言い捨てると、ステラの方に向かった男を阻もうと駆け出した。が、足元の草に躓き、転んでしまう。
「うわっ!」
 盛大に転ぶリシン。それを尻目に、一人の男がステラめがけてやってくる。呪文の詠唱に気を取られていたステラは、きゃっと短い悲鳴を上げた。
「ステラ!」
 と、敵が刀を振り上げた瞬間に、今まで鏃に何やら黒い粘液を塗りつけていたヴェノームが、男の腕に矢を放った。弓は鮮やかと言えるほどしなやかな動きで弾け、弦が鋭い音を響かせる。
 嫌な音とともに、矢が命中する。と、男の全身がけいれんを始め、苦しそうに倒れ伏した。死んではいないようだったが、体が思うように動いていないようだった。
「特製痺れ薬、持ってきててよかった……」
 ヴェノームはほっと胸を撫で下ろしたが、敵はまだ一人残っている。アルシェが汗まみれになりながら何とか攻撃を防いでいるが、その体には刀傷がいくつかついていた。
「ステラ……ちょっと」
 ヴェノームは、ようやく起き上がれたリシンがアルシェに加勢しているのを見ながら、ステラに囁く。
「魔法でさ……ごにょごにょ」
 ヴェノームの提案を聞いたステラは、にやりと笑みを浮かべた。
「面白そうね」

 残るひとりは、先ほど指示を出した男だった。その顔はうかがえないが、他の二人に比べると体躯も大きく、力もけた外れに強かった。
 いくら訓練を積み、武術に秀でているからと言っても、少年に過ぎないリシンとアルシェの二人が肉弾戦で相手にするには、強すぎた。防戦一方で、リシンは矛の力を発動させる余裕もなかった。
「くそっ……」
 必死で男の腕に食らいつくアルシェだったが、腕の一振りで会えなく吹っ飛ばされ、茂みにダイブする。リシンも同じように吹っ飛ばされてしまった。
「二人とも、そのまま寝てて!」
 ヴェノームの声がその場に轟いた。二人とも、なぜだろうと訝しく思いながらも、茂みに身を預けた。
 その訳は、すぐに分かった。じっとしている二人の耳に、ステラの静かな詠唱が聞こえてきたのである。
「荒れ狂う風よ……嵐よ、竜巻よ、我が声に応えよ!」
 一瞬、風が止まる。夏の暑さに、不穏なものが混じった。うっとおしいほど輝いていた太陽の光に、少しばかりの翳りが見えた。
 やがて、風がまた吹き始める。その勢いは次第に強くなり、やがて、暴風となった。
 ステラのもつ杖の宝珠が、暗い灰色の光を放った。ステラが杖を動かすと、その動きに呼応し、風の流れが動く。
 そして、荒れ狂う竜巻となった風は、何事かと立ちすくむ男の周りに収束した。
 そして、ヴェノームは、渦巻く風に向かい、腰の袋から取り出した毒々しい色の葉を投げ込む。ステラはまた、杖の先から炎を生み、風に炎をまとわせる。
 妙な色の煙が男を包む。激しい咳き込みの音が聞こえた。
「爆ぜよ!」
 ステラの声に合わせ、竜巻が炸裂した。風が荒れ狂い、木立を揺らす。倒れ伏す二人の男達と共に、その男は吹き飛ばされ、木に激突する。
 だが、その男はそうなりながらも気を失うことはなかった。勝機がないと悟ったか、男は丸い弾丸のようなものを地面にたたきつけた。
 黒い煙が、辺りを覆う。
「ごほっ、ごほっ……」
 涙と鼻水が四人の視界を塗りつぶし、気道を刺激する。仕返しされたな、と、どこか冷静な頭でヴェノームは考えた。
「くそ、退却だ。ごほっ……だが時間は無駄にできん。計画通り、ミリオッドへ向かう」
 リシンは、煙の中から、かすかに男の声を聞いた。
 煙が晴れたあとには、誰もいなかった。ただ、青々とした草が風に任せて揺れているだけである。

「何とか、追い払ったみたいだね……」
「今度こそ、とっ捕まえて事情を聞きたかったんだが……」
「今度こそ?」
 リシンの言葉に、ステラが反応した。
「ってことは、あいつら、初対面じゃない、ってこと?」
「姉ちゃん、その事情は後で話すよ。とりあえず姉ちゃん家でさ」
 ステラは疑問の表情のままだったが、そうね、と納得し、一行は南、アーカンへと向かった。
 
 ふらふらになりながら歩くこと二十分、一行は、シャイニング王国中部最大の都市、アーカン市へとたどり着いた。
 きれいに整備された石畳の上を、たくさんの人が歩いている。野菜や果物、肉や魚などの食品を売る市場が立ち並び、非常な活気である。
「すごい町だね……。さすが、南北の物流をつかさどってるだけあるなー」
 人ごみをかき分けで進んで行くと、急に目の前が開けた。
 そこは、円形の広場だった。広場の中央には大きな噴水があり、きらきらと光る飛沫を撒き散らし、涼やかな感じを与えた。
 噴水の周りにはいくつものベンチがあり、買い物袋を提げた子供連れの主婦や、行商人らしき人が何人も涼んでいた。
 ヴェノームとリシンは息を呑んだ。白を基調とした石造りの噴水が、太陽の光を浴びて美しく輝いていた。
 街並みの美しさだけではない。この町にあふれる人々の活力とでもいうべきものに、圧倒されたのだった。

「……さ、ここが私のうちよ。今は店を手伝いながら、魔道院で研究してるの」
 ステラが指した先には、『雑貨屋ドルチェ』という看板があった。
「ただいまー」
 ステラに続き、三人は口々に挨拶をしながら店に入る。
「あら、いらっしゃい。アルシェちゃん。そちらはお友達?」
「あ、叔母さん、こんにちは。僕の幼馴染のリシンとヴェノームです」
 二人はぺこりと頭を下げる。ステラの母はにこやかに、暑かったでしょう、と言いながら、家の方に上がった三人にお茶を出してくれた。
 入り口の方で、ベルの音が聞こえた。ステラの母は、はーい、と答え、店の方に戻って行った。

「……で、さっきの話よ」
 オレンジのジュースを少し飲み、コップをテーブルに叩きつけるようにして置くと、ステラは真面目な顔で切り出す。つられて三人も引き締まった顔になった。
「あいつら、何? なんでいきなり攻撃してきたのかしら」
 三人は顔を見合わせて頷き、こと細かに話し始めた。
 あの男達はリシンを狙っていること、その訳は分からないこと、でもおそらくはリシンの両親を殺したのは彼らであること……。
 すべてを聞き終わったとき、ステラのコップはすっかり乾いていた。その表情は深刻である。
「そんなことが……あったのね。で、みんなはそいつらを追いかけようとしてる、と」
 三人ともが頷く。
「アルシェは叔母さん次第よね。そういえば、今日、叔母さんがうちに来るって言ってたわ」
 え、とアルシェは固まった。いきなりのことでどう反応していいのか分からなかった。
「じゃあ、今日話せるじゃないか」
 リシンに進められ、アルシェはぎこちなくうん、と頷いた。狼狽が隠し切れていなかった。
「でも、私も襲われたってことは、このことに関わりを持った、ってことよね」
 三人はステラの方を見る。
「真剣に言うわ。まだ会ったばかりで言うのもなんだけど、私もリシンの助けになりたいの。私の魔法が役に立つことだってあるはずよ」
「でも、そんな……」
「乗りかかった船だもの。私、そんな悪いやつらを放っておけないわ」
 ステラもアルシェと似て、少々頑固だった。リシンもヴェノームも、親戚のアルシェも、彼女を止めることはできなかった。
「私の場合、父さんも母さんも何とか説得できると思う。前々から魔法修行の旅をしたい、ってことは言ってたもの。魔法修行の旅に出る、っていうことにしとくわ」
 あっけらかんと言うステラ。彼女の意志を、誰も否定はできなかった。

 しばらくして、店の前で物音がした。ステラの母の声と、もう一人、中年の女性の声。
 四人ともがピンと来た。アルシェの母、オリガの声である。
「じゃあ、ちょっと母さんと話してくる。ステラ姉ちゃん、二人に町の案内でもしてあげて」
 アルシェはすーはーと深呼吸をする。そして、声のする店先の方へと駆け出して行った。
「……じゃ、裏口から出ましょう。本人もああ言ってることだし」
 ステラはそう言って、二人を噴水のある広場に連れて行った。
「でも、大丈夫かしら。オリガおばさま、きっとアルシェを心配して許してくれない気がする」
 夕暮れ時を迎え、橙色の温かい光が、ステラの顔に影を作った。遠くたなびく雲が、西の空へと流れてゆく。
 昼間はあんなにうるさかった街路樹のセミたちが、死んだようにぱたりと声を立てるのをやめていた。
「……そんときゃ、そんときだ。アルシェにはやっぱり危ない目を見てほしくない。あいつの気持ちは嬉しい……だけど……」
 リシンは深く、深くため息をついた。ヴェノームも、何も言えない。しばらく、水音だけが聞こえた。
「ちょっと様子を身に行ってみよう」
 淀んだ空気にたまりかねたのか、ヴェノームがそう言った。同じような気持ちでいた二人も、黙ってこくりと頷いた。

 雑貨屋に近づくと、なにやら言い争っているような声が聞こえた。
 案の定、アルシェとオリガの声であった。
「あんた、何度言ったら分かるの。母さんはあんたを心配して言ってるんだよ?」
「……もういい、母さんには頼まない! 僕の意志なんだからっ!」
 三人が店の前にさしかかった頃だった。アルシェの怒声が聞こえ、そして彼は店を飛び出して行った。
 待ちなさい、という母の声にも答えず、アルシェはそのまま広場を突っ切って行ってしまう。
「……あら、三人とも」
 しょうがないね、という風に深く息をついたオリガが、姪と息子の友人たちに気付いた。
「おばさん」
 上がりな、と言って家に入ろうとするオリガを、リシンが呼びとめた。
「アルシェがああ言いだしたのも、元はと言えば俺のせいなんです。やっぱり俺、あいつを危険な目には遭わせたくないんです。だから……俺の問題に、巻き込むわけには」
 夕方の涼しい風が吹く中、オリガは黙って聞いている。リシンはさらに続けた。
「おばさんには本当に迷惑をかけました。すみません。あいつやっぱり頑固だから、俺がいくら言っても、ついて行くって言い張ると思う。だから、おばさんが止めてくれないと……」
「いや、もういいのさ」
 オリガはリシンの言葉をさえぎり、穏やかな顔で続ける。
「あたしだって、もちろんアルシェには危ない目を見てほしくはない。そりゃあ大事なひとり息子だからね。でもそれはねリシン、あんたにも言えることなんだよ」
「え……?」
 リシンは思わず声を漏らした。
「あたしにとっちゃ、あんただってもう一人の息子さね。アルシェだって、兄弟同然に思ってるはずさ。だから、あたしはアルシェを止めるときは、あんたも一緒に止めるつもりだよ」
「……」
「でも、そうもいかないだろ? あんたのご両親の仇かも知れない連中が、あんたを狙ってるんだ。あんたからしたら、ひっ捕まえて問い質してやりたい気持ちだろう」
 ふう、と息を吐くと、オリガは母のまなざしでリシンたちを見やる。
「あんたがそういう気持ちなら、あの子だって同じ気持ちだと思う。あんた一人が犠牲になるようなこと、あの子は絶対に嫌がると思う」
 リシンは、ただただ目の前の女性を見つめるしかなかった。
「だから、ね。あの子の気持ち、無駄にしないでやっておくれ。あの子、ここであんたについて行かなかったら、一生後悔するに違いない。もちろん命の危険だってあるだろうし、遊びじゃないのはあの子も重々承知の上だろうさ」
 ヴェノームもステラも、何も言わないでじっとしている。しかし、張り詰めた空気は微塵もない。夕日の色に包まれ、この空間は優しさに満ちていた。
「こんなこと頼むのは、無責任かもしれない。でも、母親として、あの子の気持ちを大事にしてやりたいんだ。……どうか、あの子を、頼んだよ」
 深々と、オリガは頭を下げた。下げた頭から、光る滴がいくらか零れおちた。
「……わかりました。俺、あいつを死なせるような真似、絶対にしません。俺も、命を大事にします。おばさん……ありがとう」
 ステラもヴェノームも、ほんの少し目頭が熱くなった。もう薄暗くなってきた空だったが、ほんの少しだけ、いつもよりも明るく見えた。

「さて、アルシェを探さないと……」
 リシンが振り向くと、背後にはアルシェが立っていた。逆光で表情は窺えないが、ほんの少しだけ、はにかんでいるように見えた。
「あ、母さん……」
「さあ、もう暗くなるよ。家に入りな」
 明るく言い、からからと笑いながら、オリガは家に入って行く。物陰から、ステラの両親が安心したように表を見ていた。
「……ありがとう」
 アルシェは、小さな声で呟いた。ステラもヴェノームも、晴れやかな笑顔でその姿を見ていた。
 その夜、またステラと両親の間で少しの衝突があったものの、ステラは魔道のことも持ち出し、何とか旅への同行を認めてもらったという。

 リシンは、友人たちの助けを得ながら歩き始めた。
 その過去に関わる秘密を知るための、長い長い旅路が、今幕を開けようとしていた。

序章 光を宿す少年 完
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