ちゃせんさんの小説

【The Darkness Thunder】 序章 3.若き魔道士


The Darkness Thunder

序章 3.若き魔道士

 耳をつんざくような激しい雷鳴に、リシンは目を覚ました。窓の外を見やると、小さな窓には大粒の雨がぶつかって激しい音を立てている。
「ひどい雨だ……」
 誰にともなく一人ごちて、この轟音の中すやすやと眠っている他の二人を起こさぬよう、リシンはそっと起き出た。
 湿気で心なしか足の裏がべたつく感覚を覚えながら、リシンはヴェノームが使っている土間へと足を踏み入れた。
 土のひんやりとした感触を楽しみつつ、リシンは積み上げてある鍋や壺をごそごそと漁った。
(もう少し整理すればいいのに)
 軽くため息をつくと、片手鍋を手に取り、深いグリーンの葉を何枚か取り出すと、水差しから鍋へ水を注ぎ、かまどに火を入れた。
 熱い空気が顔に迫り、思わず顔をしかめる。鍋を火にかけると、量が少ないせいかすぐに中身がぐつぐつと音を立て始めた。
 香ばしい匂いが部屋に充満する。リシンは鍋の中身を網で漉すと、三つ並べたカップの中へ丁寧に注いだ。
 素朴ながらすっきりとした匂いが、まだ半分夢の中にいた意識を現実に引き戻してくれるようだった。
 激しく打ち付ける雨の音に耳を傾けながら、リシンは二人が起き出す前にと、忙しく立ち働き始めた。

「ん……」
 はたと目を開けたアルシェの耳に、何かが焼けるようないい音や、軽快な包丁の音が飛び込んできた。
 横を見ると、ヴェノームの布団も空になっている。
「やっぱり僕が一番ねぼすけだな……」
 もぞもぞと布団から抜け出し、音のする土間の方へと歩いていく。すると、リシンとヴェノームが、忙しく立ち回っていた。
「おはよ〜」
「あ、アルシェ。起きたね。ちょっと待ってね、もうすぐリシンが朝ごはん作ってくれるから」
 食器を並べ、皿にもう出来ている料理を盛り付けながら、ヴェノームは朝からさわやかな笑顔である。
「よし、できたぞ〜」
 リシンもヴェノームに負けないくらいの笑顔で、鉄板から料理を盛り付ける。
「じゃあ朝飯にしよう」
「いやぁ、いつもながらリシンって料理がうまいね」
 パンを口いっぱいに頬張り、アルシェが感嘆の声を漏らす。
「こんなに立派なかまどがあったら、何か作りたくなってもしょうがないだろ」
 リシンはまんざらでもない様子で、お茶をぐいと飲み干した。
「僕はもっぱら調合にしか使わないからね。野菜だってほとんど生で食べるし」
 温野菜を口に放り込み、ヴェノームはもごもごと喋る。
「お前、野菜は温めたほうが量が摂れていいんだぞ」
 リシンは、毎度毎度、一人で暮らしているヴェノームの栄養指導をしていた。その指導といえば、小姑じみたものである。
「リシン、立派な主夫になれるね」
 ヴェノームは、毎度毎度言われるのに少々辟易しているようで、少しでも話をそらそうとしているようだった。
「そりゃ、俺だって一応自活してるからなぁ……」
 ヴェノームの目論見は見事にはずれ、その話題はわずかに触れられただけできれいに流されてしまう。
 つらつらと文句を並べ立てるリシンと、それを苦笑いして受け流そうとするヴェノーム、そしてそのやり取りをほほえましく見つめるアルシェ。
 天候とは正反対の、和やかな空気が流れていた。

「そうだ」
 ふと思い出したように、ヴェノームが口にする。
「そうだよ。重要な話だった。昨日の続きなんだけど」
 三人ともが、急に引き締まった顔になる。
「そいつら……その、昨日二人を襲ったっていう賊だね。そいつらを追っかけるにしても、手がかりはあるの?」
 リシンもアルシェもかぶりを振った。賊は昨日谷に放置してきただけで、どこに向かうべきかが把握できていなかった。
「ただ闇雲に探すだけじゃ能がないよね。ある程度の情報収集は必要だと思うんだ」
 身を乗り出してしきりに頷くアルシェ。反対に、リシンは浮かない顔をしている。
「あの……やっぱりそのことなんだけど、俺……」
「だから、一人で抱えこむのは良くないよ。僕だって君と昨日一緒に居たんだし、君がいなくても狙われる可能性は十二分にある」
 う、とリシンは口ごもった。
「乗りかかった舟だ。とことん奴らを追い詰めてやろうじゃない。一蓮托生、死なばもろとも、ってね」
 そう言ってアルシェは片目をつぶってみせた。洒落にならないことをいうものだ、とリシンは内心あきれたが、その気持ちは心からありがたいと思った。
「分かったよ。もう俺は何も言わないよ。あとは小母さん次第だな」
「分かればよろしい」
 アルシェは嬉しそうに頷いた。ヴェノームも同じように頷き、話を続ける。
「この辺りで人がたくさんいる町といえば、南のアーカン、それと、ここからすぐ西の、霊都モールス。この二つだね」
「そっか。人がいっぱいいれば、奴らの情報も何か分かるかも」
「そうだな。特にアーカンは商人が行き来してるから、広範囲の情報がつかめるかも」
 シャイニング大陸中部に位置するアーカン市は、南北の物流の中継地点として栄える商業都市である。
 その北にある霊都モールスは、魔道士たちのメッカと呼ばれる学術都市であり、魔道を教える学院がある。
 どちらも人が多く集まる場所であり、シャイニング大陸中部の中心的都市である。
「じゃあ、そうと決まれば出発! ……といきたいところだけど、この雨じゃ無理かな……」
 朝から降り続く雨は、一向に止む気配を見せない。それどころかますます雨足は強まっているようだった。加えて雷まで鳴り出してしまったため、ひとまず三人は部屋の中にじっとしておくことにした。
 ひどい風が、頼りなく建つ小屋を激しく揺らす。山の頂上から吹き下ろす強い気流に、中の三人ごと吹き飛ばされてしまいそうだった。
「こんなに天気が悪くなるなんて……はぁ」
 椅子に座って、明後日の方向を見ながら、アルシェは自分の槍をひたすらに磨いている。おかげで穂先は見事に輝いていた。
 ヴェノームはお茶を換えたり、弓の弦を張り替えたりと、忙しそうにはしていたが、行動を起こせないもどかしさが全身から滲み出ていて、時々意味もなく咳払いをしていた。
 リシンはリシンで、椅子に座って矛をいじり、大きなため息をつき、ということをずっと繰り返している。
 淀んだ時間が、延々と続くように思われた。

 そうやって過ごし、何時間経っただろうか。雨音が次第に弱まっていく。
 半分目を閉じていたリシンが、はたと窓を見やると、西の空が次第に明るくなってきていた。
「よかった。雨が止んでる」
 その言葉を待ちわびていたと言わんばかりに、アルシェもヴェノームも勢いよく立ち上がり、出発の支度を始めた。

「よし、まずはモールスに行こう」
 大きな矢筒を背負い、弓を片手に、ヴェノームが勢いよく言う。
「ここからまっすぐ西だね。街道沿いに進めば着くか」
 先ほどまでとは打って変わって、空は真っ青である。強い日差しがじりじりと照りつけ、山の木々の合間から、賑やかな蝉の合唱が響き渡る。
 夏の日差しに肌を焼かれ、汗を流しながら、三人は一路西に向けて歩き出した。
 オーマ霊山のふもとにあるヴェノームの小屋をあとに歩いていくと、延々と広がる平原が続いていく。街道といっても申し訳程度の看板があるくらいで、実際はここを通る行商人や旅人たちに草が踏み分けられた跡というのが正しかった。
 暑さのあまり話すこともままならないまま、三人は一列に並んで平原を歩いていく。無言で歩くその光景は、まるで葬送のようだった。
「……暑い」
 当たり前の言い回しが、心に重しのようにのしかかってくる。アルシェは水筒の中身を飲もうとするが、それはからからと空虚な音を響かせるだけだった。
「あ、そうだ……。昨日のドリンク持ってきたんだった」
 そう言いざま、ヴェノームは腰に下げた袋から小さな瓶を取り出し、二人に渡した。
「ありがと。助かる」
 三人とも、一気にぐいと飲み干し、さわやかな後味に一瞬だけでも涼やかな気分になる。
「じゃ、また歩こう。後十五分くらいだよ。多分」
 ドリンクのおかげか、ヴェノームは爽やかに呼びかけ、先陣を切って歩き出した。

「……み、見えた」
 平原の真ん中に、ふと白い壁が見えた。その壁の向こうにそびえるのは、ひときわ目立つ背の高い建物だった。
 鋭く尖った屋根に、青や緑、赤など、色とりどりに輝くステンドグラスが光っている。
「あれって、オーマ魔道学院の中央塔だよ……ね? うちから近いけど、モールスなんて行くことないから分かんないなぁ」
「そうそう。あれが魔道学院だよ。僕の従姉があそこの卒業生でさ」
「あー、あの天才魔道士っていう……」
 本人はそんな気でもなさそうだよ、と、なぜかアルシェが照れくさそうにしながら頭を掻く。
 アルシェは他にも見える尖塔を指差しながら、自分が通っていた学校のように詳しく説明をした。
 そうしているうちに、モールスの町を守る門に、三人はたどり着いた。
 門番の僧兵に軽く会釈をし、町に入ると、大通りは人でごった返していた。魔道の道具を売る店や、怪しげな宝石を並べた露天商が所狭しと並び、一種独特な雰囲気を醸し出している。
「さすが、魔道士の自治が許されてるだけあるなぁ……。この賑わいは他の町にはなかなかないよね」
 ヴェノームはきょろきょろとせわしなく辺りを見回している。明らかに田舎者と分かる振る舞いである。
「おいおい、そんなことしてたら田舎者っぽいぞ、ヴェノーム」
 リシンは苦笑しながらも、賑やかさに圧倒されていた。普段暮らすルーグも宿場町としてかなり賑わっているが、こういった賑やかさとは趣が違う。
 
 大通りをずっと西に向かって歩いて行くと、何やら言い争うような声が聞こえてくる。
「だから、これが一番いいやつなんだから、その値段で妥当なんだって!」
「違うわね。これ、その半分くらいの値段しかないわよ。ぼったくりもいいとこじゃない」
 片方はがらの悪そうな中年の男性、もう片方は十代半ばの少女の声である。
「あれ、この声って……」
 アルシェは、声の聞こえた方へ駆け出していった。

  声は、広場にある魔術道具を売っているらしい店の前から聞こえてきていた。
 言い争っているのは、露天商と、頭に青いリボンをつけたワドルディ族の少女だった。右手には青い水晶のついたロッドが握られている。その表情は露天商をまっすぐに見つめたまま険しく尖っている。
「だから、この水晶、そんなにいい代物じゃない、って言ってるのよ」
「何をわかったようなことを言っとるんだ、小娘のくせに」
「あら、なんなら私の魔法、受けてみる? そんなこと言ってられなくなるわよ」
 そう言うと、少女はおもむろにロッドを構え、何事かを唱え始めた。ロッドの水晶が紫、そしてオレンジ、赤と色を変化させ、紅蓮の炎をまとい始める。
「炎の精よ……」
 その後は口の中でもごもごと言っているのでなにか聞き取れない。ひとしきり唱え終わると、少女は目をかっと見開いた。炎が一気に大きくなる。渦ができあがり、空に向かって爆風を伴って吹きあがっていく。
 炎はしばらく上昇したのちに炸裂し、美しい火の粉を巻き上げて消滅した。
 
 炎はすぐに消えたが、あたりにいた人々はみなしんと静まり返ってしまった。こんな若い少女が使う魔術にしては、あまりにも強力に見えたからだった。
 言い争っていた露天商も、口をぱくぱくと動かし、何も言えなくなっていた。そしてすぐに、少女の浮かべる不敵な笑みに、そそくさと立ち去って行った。
「ふふん、あくどい商売なんかやろうとしてるから、こうなるのよ」
「あの……ステラ姉ちゃん……?」
 アルシェは、まるで周りの反応を気にせずに勝ち誇ったような笑みを浮かべている少女に、おずおずと声をかけた。
 少女は、アルシェの方を振り向くと、一瞬きょとんとしていたが、すぐに満面の笑顔になった。
「あらー、アルシェじゃないの! あんたなんでこんなところに?」
「う、うん……いろいろあってね」
 ステラと呼ばれた少女は、アルシェの肩をばんばんと叩き、けらけらと笑っている。
 先ほどまでの姿とあまりにギャップがありすぎ、ヴェノームもリシンも遠巻きに二人を眺めているしかなかった。
「あら、アルシェ、そちらはお友達?」
「あ、そうそう。こっちがリシン、こっちがヴェノーム。僕の幼馴染だよ」
「ああ、前に言ってたお友達ね」
 ステラはにこやかに二人の方へ歩み寄ると、握手をした。
「こんにちは。アルシェの従姉の、ステラです。話はアルシェからいろいろ聞いてるわ」
 いろいろとはなんだろう、ということが頭をよぎりながら、リシンはにこやかに接してくるこの少女に好感を覚え、自分もにこやかに応じた。
「あ、リシンです。俺もアルシェから、いろいろと……」
「ヴェノームです。魔道の天才だって評判らしいですね」
「んー、まぁ、そういう人もいるみたいね。私個人としてはそういうつもりはないんだけど……ただ魔道が好きなだけ」
 ステラは、さっそく打ち解けた様子で初対面の二人と話している、アルシェは、相変わらずだなぁ、と呟いて、その輪の中に入った。

「……じゃあ、今から私、アーカンに帰るけど……。よかったら私のうちでお茶でもどう?」
「あ、行こうか。どうせアーカンには後から行くつもりだったし」
 結局モールスでは何もしなかったが、三人ともが、まあいいか、という表情だった。
 ひとしきり話をしてすっかり打ち解けた後、四人はモールスを出、南へ向かって歩き出した。
「へぇ……リシン君って、意外とかわいいのね」
「えっ、いや……かわいいとか……」
 リシンもヴェノームも、年頃の女の子というものにあまり接したことがなかったので、明るく振舞う「いまどきの女の子」であるステラに、どう接すればいいのか今一つ分からない部分があった。
 親戚であるアルシェも同じように、ステラのペースに飲まれてしまう。とはいえ、嫌味がなく快活な彼女であるから、三人とも嫌という気持ちは微塵も抱かなかった。
 相変わらず熱気が重く肩にのしかかっては来ていたが、ステラは疲れなど見せずににこやかである。
「……?」
 ふと、ステラが眉をひそめて足を止めた。どうしたの、という周りの問いかけにも口を噤んでいる。
「魔力の……流れ……おかしい……」
 彼女の口から飛び出した言葉を、その場の誰も理解できなかった。頭に疑問符を浮かべる三人をよそに、ステラはロッドを構えて呪文を唱え始める。
「雷撃の矢よ……放て!」
 杖の先から激しい電流が生まれ、空気を切り裂いて少し先の木立に直撃した。
 激しい爆発音が轟き、煙で辺りが覆われる。
 煙が止んだとき、木陰には数人の影が見えていた。その全員が臨戦態勢であることを、姿勢と雰囲気が物語っていた。

 黒装束の男たちが、四人を狙っていたのである。

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