ちゃせんさんの小説

【The Darkness Thunder】 序章 1.親友と


The Darkness Thunder

序章 1.親友と


「リシーン!」
  うだるような暑さの中で、ひとりのワドルディがトコトコと走ってきた。その視線の先には、青いカービィ族の少年がいる。
「アルシェ、遅い」
 平坦な声でそう告げたカービィ――リシンという名前らしい――は、そう言いながらも悪戯っぽく片目をつぶってみせた。
「ごめん、ごめん。ちょっと立て込んでてさぁ」
 アルシェと呼ばれたワドルディ族の少年は、決まり悪そうに頭を掻いて苦笑いしている。
「いい匂いだな」
 リシンはアルシェの斜め掛けにした鞄を見ると、嬉しそうに笑った。
「あぁ、ばれたか。母さんのクッキー持ってきたんだ。こんな所じゃなんだし、川のそばにでもいこうか」
「そうだな。今なら涼しそうだ」
 アルシェは母のクッキーを"持ってきた"と言ったが、実際は持たされたというほうが正しい。
 陽射しは強いものの、もう太陽は西のほうへ傾きかけている。おやつを食べるのにはちょうどいい時間帯だった。

「うん。やっぱり小母さんのクッキーはうまい」
 リシンは額の汗を拭うと、眼を星空のように輝かせてアルシェを見つめた。その視線には、親友の母への敬意がこもっている。
「今日はヒマワリの種を入れてみたんだって。母さんはお菓子作りに関してはピカ一だもん」
 口いっぱいに広がる、控えめな甘みを感じつつ、2人は小川のせせらぎに耳を傾けていた。
 北の霊峰、万ヶ岳より流れ出した水であるためか、水は川底がはっきり見えるほどに澄んでいる。
「不思議な川だよね。いつも思うんだけど」
「ここからなら、オーマのほうが近いけどな。水はミリオッドの水なんだ」
 オーマ、という名前を耳にして、アルシェは懐かしそうに目を閉じた。
「ヴェノーム、元気にしてるかなぁ。最近会ってないし」
「そう言っても、前に会ったのってついこの前じゃないか? ……あ、そうそう。ヴェノームといえば」
 ヴェノームの名で何かを思い出したのか、リシンは腰に下げた皮袋から真新しい便箋を取り出した。
「あれ。それって手紙?」
「ああ。ヴェノームからだよ」
 リシンが広げた手紙に踊る文字は、実に個性的である。そういった文字はよく「ミミズののたくった様な」というが……。
「……相変わらず、大岩を転がしたみたいな字だよね」
「その例えもよく分からん」
 ヴェノームの字はともかく、二人は書かれている内容に思考を切りかえる。
「なになに……。”やあ、元気? 近頃暑いけど、夏バテしてないかな……?”」
「えーっと、”実は、新しい薬草のドリンクを作ったんだけど、余っちゃって。小包で送るにはちょっと保存が難しいから、悪いけど取りにきてくれないかな”……だって。要は新作の試飲に来てってことか。いつもみたいに」
 リシンとアルシェはそろって顔を見合わせる。
「どうする?」
「どうするもこうするも」
 そして二人はそろって溜息をつく。
「この暑いのに、オーマまで行くのかぁ」
「……ま、ヴェノームの頼みとあっちゃ断れないし」
「だな。会いに行く機会だよ」
 リシンはよっこいしょ、と年寄りくさい動作で立ち上がると、アルシェと共に歩き出す。
「一回家に戻ろう」
「うん。お水は用意していかないと。この時間じゃ、今日は泊まることになりそうだね」
 相変わらず照りつける太陽が眩しい、夏の昼下がりである。二人は街の南で落ち合う約束をして、一旦別れた。
 
 リシンは部屋に戻ると、古びたノートを手に取り、袋に詰める。
「……もう、十年以上か」
 寂しそうに呟くリシンは、急に何十年も年をとってしまったような憂いの表情を浮かべていた。

「よし。準備万端! 早速出発だ」
 その後、ルーグの街南の門で落ち合った二人は、照りつける太陽に汗を流しつつも歩いていく。
 薄い緑色と赤茶けた土色が延々と続く南への道では、二人の姿はとても目立った。
「毎度のことながらこの道って暑いね」
「そうだな。水がなかったら間違いなく行き倒れだ」
 竹製の水筒に詰めた冷水をこくこくと静かに飲みながら、少年たちは次第に狭い山道へと入ってゆく。古ぼけた木の立て看板には剥げかけた赤い塗料で「この先、蒼の谷」と書かれている。
「ブルー・ヴァレイか。もしかすると妖魔が出るかもしれないから気をつけよう」
 ルーグの街周辺は切り立った岩山や荒地がつづいている。そこには妖魔も多く、シャイニング大陸の中でも危ない地域であるとされる。
「今日は暑いし。妖魔もいらいらしてるかもしれないね」
「おいおい、暑さのいらいらで殺されたらたまらん」
 殺風景な荒野には似合わない、少年たちの暢気な笑い声。それは不思議なほど和やかである。
 
 やがて、道はどんどんと狭くなってゆき、大きな石や坂が目立つようになる。
「リシン、気をつけて! 上だ!」
 リシンは狭い場所ながら素早く空を見上げ、襲い来る黒い影を確認すると、矛を手に飛び上がった。
 羽根の生えた蜥蜴のような姿をした妖魔は、飛び上がってくるリシンの姿に一瞬ひるむ。
 リシンにとっては、その一瞬で十分だった。

「相変わらず危なっかしい戦い方だよねぇ」
「いいって。それにカッコイイだろ?」
 まったく、と呟きつつ溜息をつくアルシェ。リシンはそれを尻目に悪餓鬼丸出しのような締まりのない顔をしていた。
 もう少ししまりがあればもっとカッコイイと思うんだけど――アルシェは心の中で思いながら、それを口には出さなかった。
 
 荒れた山道を行く二人。上り坂をおおかた登りきると、切り立った巨大な崖が姿を現す。青色や灰色の鉱石に覆われた天然の壁は、昼の陽射しにきらきらと輝いている。
 また、流れる雲が太陽を覆い隠すたび、微妙に青色の明暗が変わり、それがなんともいえない渋みを含んでいた。
 これが、グルーム地方とオーマ地方を隔てるこの地帯が「ブルー・ヴァレイ」と呼ばれる所以である。
 
「あのつり橋を渡ればもうすぐオーマだ」
 リシンは、何度も渡った大つり橋を見やる。
 頑丈なロープを何重にも巻きつけてしっかりと固定しているとはいえ、向こう岸へ渡る際の恐怖感はいつでもつきまとうものだ。
「この音……。何回聞いても慣れないね」
「確かに。立て付けの悪い扉みたいな」
 恐る恐るわたる二人の足元の隙間からは、下に流れる激流の姿がちらつく。
 あんなところに落ちたら、と考えるだけでも、アルシェは心臓が止まりそうに恐ろしいのだった。

 つり橋は非常に狭い上に長い。まさに旅人の恐怖心を煽るために作られたような橋である。
「何でこんなに長いんだろうね。こうショートカットできるようなコースがあればいいのに」
 リシンは何もそこまで怖がるなよ、と言いながら、笑顔を浮かべて橋を渡っていた。
「アルシェ、吐くなよ」
「さすがにそこまでは……うっぷ」
「おいおい……本当に大丈夫――」
 リシンの顔が急に強張る。どうしたの、と問いかけるアルシェも手で制し、自分たちの渡っている前後をしきりに見渡している。
(アルシェ、槍の準備)
 そうリシンは囁くと、進行方向とは逆へと橋を駆け出していく。
「ちっ! アルシェ、囲まれたみたいだ!」
 橋の中間ほどで止まったリシンは、先ほど通り抜けてきた道の岩陰を睨みつけた。
「そこにいるんだろ? 姿を見せろ!」
 叫びに応じるようにして表れたのは、黒装束を纏った一人の男であった。
「まさか私に気付くとはな」
「そんなに殺気を出してちゃ嫌でも気付くさ。で、狙いは? 金か? 生憎俺たちゃ文無しだぜ」
 リシンは挑発的な様子で問いかける。
 顔にまで完璧にベールを被っていて、男の表情はうかがい知ることが出来ない。だが、リシンの眼には、確かに男が笑ったように見えた。
「お前ら――いや、お前の命だ」
 
 アルシェとリシンは橋の真ん中へ追いやられ、背中合わせの形になった。橋の両側には一人ずつ男が待ち構え、殺気立った様子で武器を構えている。
「くそ……」
「別にお前たちに恨みはないが、ボスの命令なんでな。そっちのガキにも消えてもらうとするか」
 つり橋の両側から、男達がにじり寄る。刃の煌きに、二人は思わず立ちすくんだ。
「大丈夫だ。すぐ済む。何と言っても十二年越しの獲物だからな」
 その言葉を聞き、リシンの顔が強張る。
「十二年……?」
 
「じゃ、あの世に行くんだな」
 二人の男がそれぞれ、両側から武器を振り下ろす。
  
「うわああああっ!」
 アルシェは無我夢中で槍を振り回した。眼前の刃と自身の槍の穂先が激しくぶつかり合う。だが剣を払いのけるまでにはいたらない。アルシェは力を込めて刃を止めるので精一杯だった。
 リシンもまた矛を構え、男の剣を受け止めている。その眼はしっかりと敵を睨みつけ、臨戦態勢に入っている。
「くそ、このガキめがっ」
 男はアルシェの槍を払いのけ、剣を大きく振りかざした。アルシェは悲鳴をあげながら、男の脛を思い切り槍の柄で衝いた。
 男は声にならない悲鳴とともに、吊り橋の上に仰向けに倒れた。
「おい、お前っ」
 リシンは眼前の男がそちらに気を取られた隙に、男の足を払った。バランスを崩したこちらの男もまた、同じように倒れる。
   
「油断したな。子供だからって……なめるなよ?」
 口ではそう言うリシンであったが、激しく動いたせいか、全身で大きく息をしていた。
「でも、不利な状況に変わりはないよ?」
 アルシェも、よろめいて倒れた男のほうをしっかり見つめながら、背中の方に声をかけた。
「アルシェ、ちょっと」
 そう言ってリシンは、アルシェに何事かを囁いた。アルシェは、わかった、と短く答える。
 
「くそ、なめやがって!」
 アルシェに倒された男が、起き上がりざまアルシェめがけて襲い掛かる。
「うわっ……っと!」
 アルシェは槍を橋の上に置き、手すり代わりに貼られた太いロープの隙間から、橋板の下側へぶら下がる。
「な、なにぃっ?」
 その男はまたも槍に足をとられ、激しく転んでしまった。
 リシンはその男を乗り越えていくと、ぶら下がったままのアルシェを引き上げ、進行方向へ向かって駆け出した。
「くそっ! ガキが逃げるぞ!」
 逆のほうにいた男もまた起き上がり、慌てて二人の後を追いかけてゆく。
 だが、リシンは急に振り向くと、不敵な笑みを浮かべて矛を振りかざし、何事かを唱えた。
 
 その瞬間。
 黄金色の稲光にも似たものが迸った。鞭を振るような音が轟き、男達は一気に吹き飛ばされた。
 二人の賊は、対岸の岩に叩きつけられてぐったりとしている。どうやら気を失っているらしい。

「……た、助かったー」
「とにかく逃げるぞ」
 半分気の抜けたようになっているアルシェを引っ張り、リシンはオーマへ向けて狭い山道を駆けていった。

「十二年……」
 リシンは呟いた。心の中に生じた疑念を、再確認するかのように。
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