まびさんの小説

【This illusory world.】1−1『春風とともにやってくるもの、それは』


(擬人化ものです。苦手な方はご注意ください。)



『This illusory world.』


1−1  『春風とともにやってくるもの、それは』



非日常は、日常の中に突如として降り立つものではなく、
日常の延長線上に、待ち構えているものなのかもしれない。

これはとても小さな出会い。しかし、起こるべくして、起こった出会い。
その意味を知っているものは、まだ、一人しかいない。

そう、今はまだ。

だからこそ、物語は、“日常”の中から始まる。







「……うぁー」

 春の空は、霞がかった淡い青。ちぎれた綿菓子のような雲が、ゆっくりと流れていく。
東からの風がそよそよと、萌え始めた街路樹の若葉を揺らす。
 一人の若者が、寝転んでいた。両手両足を投げ出して、仰向けに倒れている彼(或いは、彼女)の桃色の髪が風に遊ぶ。
もしもここが大草原の真ん中だったならば、日向ぼっこをしているように見えたかもしれない。しかし。
「おなか……へった……」
 その言葉に呼応したかのように、彼の腹の虫が景気良く鳴く。その音が響くのは、緑の大草原ではなく、アスファルトの上。
ひっそりとした裏路地、そのど真ん中に彼は倒れているのである。大の字に。人通りが全くない事が、救いかもしれない。
 彼は首を巡らし、自分の隣にある物を注視して、溜息をつく。
「ワープスターも、壊れちゃったし……」
 そこにあるのは、奇妙な星型の物体だった。大きさは座布団よりも少し大きいくらい、つやつやとした黄色い素材で、
ゆるやかな曲線を持つまさしく『星』を立体化したような形をしている。
 彼が『ワープスター』と呼んだそれは、ちかちかと力なく光を放っていた。ぷすぷすと煙も出ている。
 
 もう一度、力の抜けるような音が盛大に響く。
「うぅ……おなかすいた!ご飯食べたい!おにく!カレー!りんご!」
 叫んでも、返ってくるのは空しい腹の音のみ。
 それを聞けば聞くほど、胃の中が空っぽになっていくような気がして、彼は仰向けに倒れたまま目をつむって喚く。
「おなかすいたよ!誰かご飯ちょーだい!死ぬ!死んじゃう!」
「そんだけ元気がありゃ死なねーよ……」
 
 唐突な、声。呆れたような言葉に、彼は目を開くと弾かれたように声の方向を見た。
 そこに居たのは、一人の青年。太陽に照らされた小麦畑のような黄金色の髪が、ニット帽から零れている。
その青年は、倒れている明らかな不審人物を覗き込むと、その深い茶色の瞳を瞬いた。
「アンタ、道のど真ん中で何やってんだ? というか、そもそも誰だよ」
 そして怪訝そうな目でじろじろと倒れている不審者を観察する。
しかし、その不審者の視線はというと、青年が手に持っているビニール袋に注がれていた。
 彼の口元から、つつー…と涎がたれる。
「ご、ごはんだ!パン!おにぎり!フライドチキン!」
「うわっ!?」
 ガバッと音がしそうな勢いで起き上がり、ビニール袋に飛びついた若者の唐突な動作に、青年の対処はワンテンポ遅れてしまった。
奪われるビニール袋。そして、気がついた瞬間には既におにぎりの封は開かれている。
静止の言葉を発する前に、若者は顔の半分まであるのではないかと思えるくらい大きく口を開けると、
一口で、おにぎりを丸ごと頬張った。
 青年は、ぽかんと口を開けて、おにぎりが約三秒で咀嚼され飲み込まれるのを見ていた。
あまりの速さに感動すら覚えてしまった。その食べっぷりは吸引力の衰えない唯一つの掃除機を思わせた。
だから、彼はしばらく絶句していたのだが。
「あぁ、生きかえるなぁ……空腹は最高の調味料だねぇ」
 ピンク頭が幸せそうな顔をして、ペットボトルの緑茶を一気飲みするのを目撃するに至って、ようやく青年は我に帰った。
「な……な、なにしてんだてめぇぇ!!」


 数十分後。
「一文無しで旅行なんて、そりゃ無謀すぎるって」
 そそり立つビル群が、空を遮る。ポップスターの首都にして、ほぼ唯一と言っていい都市、
プププランドの中心部に向かって2人を乗せたバイクは走っている。
 バイクを運転する金髪の青年は、リックと名乗った。この街の郊外で、バイクの整備をしたり、日雇いの仕事をして暮らしているという。
ピンク頭が倒れていたのは、彼のアパートの前だったらしい。
 リックに殴られた頭を摩りながら、バイクの後部に座る若者は唇を尖らせた。
「最初はちゃんとお金持ってたんだよ? でも、朝ごはんを食べたらなくなっちゃったんだ」
「朝って……いいや、聞くのもめんどくせーや」
 リックは呆れた顔で首を左右に振ると、それ以上探りを入れることを止めて、話題を変える。
「それよりアンタ、それエアライドマシンでいいんだよな?」
「え、ワープスターのこと? 良くわかんないけど、そうなんじゃないかなぁ」
 ピンク頭は、バイクの後部座席に例のワープスターを乗せて、その上に器用にも座っているのだった。
リックはワープスターをちらりと見て、俺はエアライドのことは良く分からないけど、と言った。
「オレの知り合いがさ、エアライド詳しいんだよ。コネで直せねぇか掛け合ってやるからさ」
 ワープスターで旅をしていたが、壊れてしまって困っていると言った若者に、
リックは修理の当てがあると言ってバイクに彼を乗せて出発したのである。
どうやらお金がなくてもなんとかなりそうだという予感に、若者の表情がパッと明るくなった。
「いいの!? タダでいいの!?」
「タダかどうかは分からねぇけど……ま、袖振り合うも他生の縁って言うだろ?
 アンタに会ったのも何かの縁ってことでさ、それぐらいの面倒は見てやるよ」
 面倒見のいい性分なのかもしれない。リックは振り返ると、にっこりと笑って言った。
「やった!ありがとう、リック!」
「ただ、おにぎり代は払ってもらうからな」
「…………善処するよ」

 プププランド。正式名称はもっと長いらしいが、人々は専ら略称であるこの名前で呼ぶ。
 ランドという名を冠してはいるが、その実この星に他の都市がなく、また人々もこの都市か、或いはその周辺に暮らしているため、
 実質この大した広さを持たない都市が一国としての機能を有しているのであった。
 この都市を統治しているのは、ある巨大企業の社長であった人物だ。小さな会社を一代で育て上げたワンマン社長として有名になった彼は、
 数年前この国のリーダーに選ばれた。そして彼は、他の惑星に向けた観光産業を推進する政策を打ち出し、実行中である。
 彼の本名もやっぱりもっと長いらしいが、住民達は愛情も込めて「デデデ」と呼んでいる。
 エアライドも、そんなプププランドの目玉の一つであった。郊外には初心者から上級者まで楽しめるような様々なコースが整備されており、
 また都市の住民達も移動には専らこれを使っている。その一方で、リックのようにバイクを使い続けている者も、小数だが存在している。

 ブレーキの音を立てて、バイクはガレージに滑り込んだ。ピンク頭の若者は、思わず周囲を見回す。
そこには若者が抱えているのと同じ様な大きさの翼のついた機械や、
それよりもっと大きな、中に人が乗り込めるさながら小型飛行機のようなものまでが、所狭しと並んでいるのである。
 二階建てのビルの一階部分は、全てガレージになっているらしい。壁には、何に使うのか良く分からない工具のようなものが沢山かけてあっ

た。
 バイクを止め鍵を抜き取ると、ヘルメットを脱いだリックはスタスタとガレージの奥にあった階段を昇っていく。
ワープスターを抱えた若者も、その後ろにぴょこぴょこと続いた。

「よー、邪魔するぜー」
 階段の一番上にあった扉を開けると、リックはそう声をかけながら遠慮なく入っていった。
ドアを開けた先の部屋は、中心にテーブルがあり、それをはさんで黒いソファーが置いてある、小さな応接室のようになっていた。
そのテーブルの上には湯気の立つコーヒーの入ったカップが二個置いてある。そしてソファーに座っている人影が、一つ。
「あれ、カイン、来てたのか」
 リックは意外そうに眉を上げてそう言った。その言葉に、カインと呼ばれた人物はゆっくりとリックの方を向くと、
これまたゆっくりとした動きで頷いた。空というよりは、海を思わせるような水色の髪がさらさらと揺れた。
カインは首を傾けて、向かって左の壁にあるドアを指差した。
「クー……は、あっち」
 非常に眠そうな声である。その表情も、微笑んでいるのか、単に眠いだけなのか良く分からない。
そして彼はそのまま、リックが頷くまで同じ姿勢をキープしていた。
 カインが元の姿勢に戻り、ゆっくりとカップを持ち上げ始めるのを見届けてから、リックは面倒くさそうに自分の肩を揉みつつぼやく。
「ったく、まーた仕事か。あいつには日曜って感覚はねーのかよ」
「俺は忙しくってな、毎日が日曜日の誰かとは違って」
 
 声は、先ほどカインが指差したドアの方からした。見れば、ドアが開き、その向こうからゴーグルを額に上げた青年が出てくるところだった


彼はラピスラズリ色の瞳を細めて冷笑を浮かべると、手に持っていたドライバーをくるりと回した。
リックがやや引きつった笑みを浮かべて、応酬する。
「そーかそーか、お忙しい中お出迎えどーも。オレ達が来たのが分かる余裕があるほど忙しかったわけだな」
「まぁな。お前あの前時代的な乗り物は、持ち主と同じでやたらと自己主張が激しいから、すぐに分かった」
 そして2人は、互いににらみ合いながら口を噤む。一触即発といった雰囲気だ。
若者はそれを見てあたふたしていたのだが、やがて2人が口を開く前に、カインが言葉を発した。
「…………そこの人」
「えっ!?ボク?」
 若者は思わずワープスターを落しそうになって、慌てて抱えなおした。その声に、にらみ合っていた2人も若者の方を向く。
「……誰だそいつ」
 ゴーグルをつけた青年が、アメジスト色の髪の毛を触りながらリックに尋ねる。リックは、ポンと手を打った。
今気がついた、といった顔をしている。
「そうだそうだ、こっちが本題だった。なんかコイツが、エアライドマシン直してほしいって言うからさ、
 ワーカホリックのお前なら喜んで直すだろうと思ってさ」
 ワーカホリックという言葉に紫髪の青年のこめかみがピクリと動く。
が、リックは全く気にしないで、ピンク頭の青年に向き直った。
「こっちの青いのが、カインって言って俺の友達。ホントは海の近くに住んでるんだけどな。
 で、こっちの紫っぽいのがクーだ。こいつがエアライド直してくれるって」
「誰も直すとは言ってないだろ……でもまぁ、見慣れない形のマシンだな、見せてみろ」
 悪態をつきながらも、クーは若者に歩み寄ると、ワープスターを受け取り、様々な角度から検分を始める。
その後ろでリックが、やっぱりワーカホリックじゃねぇか、と呟いていた。

「うーん……」
「……な、直せそう?」
 若者は心配そうに尋ねる。たっぷり十秒ほど考え込んで、クーはそれに答えた。
「……似たような形のものなら扱ったことがある。時間を貰えれば、直せない事はないと思う」
「ホント!?」
「あぁ。ただ二週間はかかるぞ。それまで、どうするつもりだ?」
 クーはむしろ、若者ではなくリックのほうを向きながらそう言った。まるで拾ってきたお前に責任があるとでも言いたげな視線だったし、
実際そうなのだろう。リックは頭をかく。
「別にそんくらいだったら、オレんちで寝泊りしてもいーけど?」
「…………その前に聞きたいんだが、こいつは男なのか?」
 クーが怪訝そうに目を細めて若者を見た。リックもそう言われて、改めて若者を見る。
男だとばかりおもっていたのだが、桃色の髪に、深い海のような青い瞳。これも薄いピンクのパーカーを着て、
ジーンズのハーフパンツとそれから茶色のショートブーツを履いている。これだけなら、少年でもおかしくはないのだが、
なにより目を引くのが、前髪の左側についている、星型の髪飾りだった。ピン止めのように、前髪を留めている。
「え、お前……女だったの?」
「ん?そうじゃないけど?」
 若者は不思議そうに首を傾げる。どうして分からないのかと問うているかのようだ。
「え、じゃあ男だよな?」
「……見てわかんないの?」
「わかんないから訊いてるんだろ」
「なんだ、分かってるじゃん」
 
 全員が、呆気に取られた顔をした。全く会話がかみ合っていない。
これは厄介な人物を拾ってしまったかもしれないと、リックは頭痛を感じ始めていた。
 そんなことは意に介さずに、若者は先ほどの話題を切り出した。
「でもボク、リックにお世話になるつもりはないよ。そこまでしてもらっちゃ悪いし……それに」
 そう言って彼は、半笑いを浮かべてリックの方を見た。
「ツナギを着ている人にホイホイついて行っちゃうといろいろ危ないって、偉い人が言ってたし」
 ちなみにツナギを着ている人、というのはリックである。
「え!いや、これは単にバイクの整備が楽だからだ!誤解を招く発言をするんじゃない!」
 慌てて弁解のように一部の人にしか分からない言葉を呟くリックを遮るかのように、クーは溜息をついて口を開いた。
「まぁそれならいい。二週間後にここに来てくれ」
「うん、ありがとうね、クー」

 若者はまるで随分前からの友人であったかのように、親しげにクーの名を呼んだ。
 それに言葉を返そうとして、ようやくクーは一つのことに気がついた。
「そうだ……お前、名前は?」

 そう尋ねたとき、若者の目が一瞬見開かれ。
 そして、ふっと寂しげに笑ったことに、誰も気がつかなかった。

「分からないかな?」
「分かる訳ないだろ、初対面なのに」
「……そーいえば、そーだった」

 そう言って、今度はニッコリと笑う。
 見た者も釣られて笑みを浮かべてしまうような、瞬く星のような笑みを。
 そして青年は、ぺこりとお辞儀をして、名乗った。

「ボクの名前はカービィ!よろしくね!」









...to be continued.