ひでぶさんの小説

【クリスマス小説 2010年】あるふぁ・がんま・あきゅーとつきあるふぁ・ぱい・えーた 〜その5〜


5.
 
 邪悪な一つ目が現れたことで、マルクの立つ空間とニュプンが倒れている空間との境界がはっきりと区切られた。ニュプンのいる空間は、マルクから見て、一つ目の隣りの宙に存在する巨大な四角い窓の先に収まった。そのさまは、まるでライブ映像を映すスクリーンのようだ。
 
「どういうこと? 決断って、なんなのサ!?」
 
 マルクは邪悪な一つ目に尋ねた。一つ目は、いつかと同じ低くおどろおどろしい声で答えた。
 
「そなたが苦しみと辛さを糧に魔法の力を取り戻し、真にひとと相容れぬ存在となるか。それとも魔法の力を捨てひとと関わっていくに相応しい存在となるか……その決断である」
 
 邪悪な一つ目が「見よ」と言うと、マルクの注意は自然とうらみオーブのアクセサリーへと向いた。銀細工の部分に嵌ったうらみオーブは、じんわりと黒き光を放っている。マルクは言った。
 
「何かと思えば、このパチモノの石のことかい。キミの言うとおり、肌身離さず持って苦しいコトをたくさんやってきたけど、この石、全然光らなかったのサ!」
 
 邪悪な一つ目は不敵に笑う。
 
「……確かにそなたは、このひと月、より多くの勤めをおこなってきた。しかしそれはそなたにとって、本当に苦しさや辛さを味わうものであったか?」
 
 マルクははっとする。邪悪な一つ目はさらに言った。
 
「勤めのさなか、そのような想いを持つ場面もあったであろう。だが、そなたはそれ以上に別の感情を得ていたはずだ。ひとの役に立てる喜びや、周囲の者たちへの愛着という、幸せな想いを。それではその宝珠は決して光らぬ」
 
 うらみオーブが自分の行動に応えなかった理由を知って、何かに打ちのめされたような感覚に陥るマルク。だがそれは、彼も薄々勘付いていたことであった。邪悪な一つ目はそんな彼の心の内を見透かしてまた笑い、言葉を続ける。
 
「されどそなたは恐れている。このままひとの温もりの中で暮らし続ければ、いつか自分はまるで違った存在になってしまう、と。心の温かさに確かな幸福を感じつつも、かつてより慣れ親しむ傍若無人と唯我独尊の生き方から離れることに不安を感じているのだ。……だが、決断のときは訪れた」
 
 邪悪な一つ目の濁った瞳がぎろりと動く。その視線の先はニュプンが倒れている空間を映す窓であった。なんと彼女の姉も、いつの間にかその窓の中の登場人物となっている……?
 
 チュチュはニュプンに駆け寄り、抱き起こした。ほっとするチュチュ。だが次の瞬間、チュチュの顔つきがひどく真剣なものに変わる。窓の景色は遠目で彼女たちを映すものになり、燃え盛るたてがみの凶暴な魔獣が複数、彼女たちを取り囲んでいるのが分かった。マルクは恐怖に慄き、邪悪な一つ目に向かって叫んだ。
 
「キミの仕業か!?」
 
 マルクの問いに、邪悪な一つ目はおもむろに答える。
 
「今このとき知るべくは我のおこないではない。そなたのおこないである。今一度うらみオーブを見るがいい」
 
 マルクは今度は自分の意志でうらみオーブを見た。それは、先ほどよりも明らかに強い黒き光を放っていた。それからもう一度、チュチュたちの映る窓を見る。マルクは、まさか、と思う。一つ目はやはり彼の理解を知るかのように「……そうだ」と肯定した。
 
「親しき者を救うことができぬ苦しみと辛さは、うらみオーブの力を最大限にまで高めるであろう。そしてそなたは戻ることができるのだ。力と狡猾さにて、相容れぬ者たちを惑わし支配する者へと」
 
 戻ることができる。あの、魔法の力を持っていたころの生き方に。だが、その代償はチュチュとニュプンを見捨てること。マルクは息を呑んだ。
 
「できぬと言うかね。しかしそなたは望んでいるはずだ。先行きのおぼつかぬひとの道より逃れ、見知った冷たき魔道へと回心することを」
 
 マルクは自らの内の高鳴る鼓動――期待に、邪悪な一つ目の言ったことが事実であることを知った。そう、確かに彼の中には、ひとの温もりを恐れ孤独な過去に戻りたいと願う、もうひとりの彼が存在するのだ。それは彼の心の中において、決して小さな存在ではなかった。
 
「とは言え、そなたの想いの天秤は平衡を保ち、それ故そなたの感情は不安定に揺れ動き続けている。天秤のもう片側に載せた想いもまた事実。そちらが勝るというならば……」
 
 うらみオーブが黒き光がより一層強くなる。願いを叶える力が宿る兆しなのか、アクセサリー全体にまでその光が及んだ。閃光がほとばしり、衝撃でリボンが解け落ち、うらみオーブを嵌めた銀細工の部分のみが浮遊して、マルクの視線の高さの宙に留まった。
 
「……うらみオーブには、未だ魔法の力を得ることは能わぬとも、炎の獅子たちをあの場より消し去る力は備わっている。彼女たちの無事を願うならば、そう願うがいい。その瞬間うらみオーブは砕け散り、そなたは魔法の力を二度と得られぬが、彼女たちを救うことができるであろう」
 
 マルクは混迷に身動きを失う。二つの心が激しくぶつかり合って、彼のからだは熱病にかかったようになった。急激な体温の上昇に頭が痛くなり、全身に汗がまとわりつく。魔法の力か、ひとの温もりか。
 
「決断せよ」
 
 邪悪な一つ目はその一言を最後に沈黙し、ただマルクをじっと見つめる存在となった。
 
 魔法の力か、ひとの温もりか。どちらかを選べば、どちらかを失う。マルクは喪失の痛みを予知してそれに耐えきれず、考えるのをやめてしまいたいと強く思った。それは即ち、何もせず流れに身を任せることであった。そしてふと、マルクは思う。あれ、答えは、出ている……?
 
 ニュプンを守りながら、ファイアーライオンたちの猛攻を必死に掻い潜るチュチュ。そこから目を逸らし無為に過ごせば、じきに魔法の力が手に入る。均衡拮抗した二つの想いどちらかを決断せずとも、ただ動かないだけで結果は得られるのだ。楽じゃないか、それが。
 
 マルクは「窓」を消してくれと頼もうと、邪悪な一つ目に歩み寄ろうとした。一つ目の瞳がいやらしく弧を描く。
 
 だが、そのときだ。
 
 マルクは何かに足をとられ、つまづいた。勢いよくひっくり返ったために、からだの正面をひどく強かに打ちつけてしまった。……痛い。彼はからだを起こし、一体何だと足もとを見る。そこにあったのは、リボン。マルクが魔法の力を持っていたころよりずっと身につけている愛用の品だ。やがてマルクのリボンに、不気味な黒い光に包まれた銀細工の装飾品が弱々しくすり寄った。二つは、二つで一つであったときに戻りたいと願うかのように不器用に重なり合う。
 
 リボンと銀細工を一つにした女の子のことを、マルクは思い浮かべた。怖いし、うるさいし、すぐ手が出るけれど。頑張り屋で、根は優しくて、笑顔のとびきり可愛らしい女の子。そう。それは、彼女から貰ったプレゼントであった。彼女が彼のために長い時間をかけて作りあげた、素敵なアクセサリー。あの日得た温かな気持ち。あの日より大きく育った想い。何故今になって、考えまいとしたのだろう。
 
 やっぱりとんでもなく、大まぬけなのサ……!
 
 マルクは窓の向こうのチュチュを見る。軽やかな身のこなしでファイアーライオンたちを巧みに誘い、見事に二頭を正面衝突させる彼女。さすが、敵わない。と、マルクは笑う。
 
 マルクは帽子をしっかりと被り直し、うらみオーブのアクセサリーをじっと見つめた。そしてそこに、真剣な想いで願いを込めた。うらみオーブは自らが纏う不気味な黒き光を温かな白き光へと変貌させると、辺りを貫くような高音を響かせて炸裂した。視界の全てが、まばゆい白に満たされる……!
 
 
 
 白き光が晴れた後、景色はもう赤と黒の世界ではなくなっていた。マルクの周囲には、月と雪明かりに照らされた樹氷の森が存在している。マルクは辺りを見回して、やがて近くの積もった雪の上に、ちぎれたリボンと砕けた銀細工を見つけた。彼はそれを拾い上げると、深く息を吐いた。
 
「……我の予想を上回る決断、見事であった」
 
 マルクの目の前に、再び邪悪な一つ目が現れた。だがその姿は先ほどまでとは違い、おぼろげに透けて、形もしっかりと保ってはいなかった。マルクは一つ目に問うた。
 
「キミ、一体何者なのサ。ボクを仲間にする気だったのかい?」
 
 邪悪な一つ目は、その姿同様に声色も揺らめかせながらも、おもむろに答える。
 
「我は、心の闇そのもの。我に何かを成すという意思はない。唯一、我に存在理由があるとすれば、心に闇を持つ者の想いに呼応して、その闇を表に解き放つきっかけを与えること。我がそなたの前に現れたのは、そなたが我を求めたからだ」
 
 なるほど。と、マルクは思う。邪悪な一つ目のふるまいも、うらみオーブや空間の操作といった超常の術も、確かに直接的には彼を非道のおこないへといざなうものではなかった。そもそも全てが、マルクの決断に委ねられていたのである。邪悪な一つ目は、心の鏡のような存在に過ぎないのだ。そう知ったうえで、マルクは言った。
 
「もうキミなんか必要ないのサ。オトトイきやがれ、なのサ」
 
 マルクの言葉を聞いて、邪悪な一つ目はなおも不敵に笑った。
 
「よかろう。だが、ひとの心とは曖昧なもの。心の中には、常に闇が存在する。そなたの闇が再びそなたを包むこともまた、永劫無いとは言い切れぬ。いずれまた、相まみえようぞ……」
 
 邪悪な一つ目は低くおどろおどろしい笑い声だけを残し、吹き飛ぶ塵のようにして見えなくなった。やがて一つ目が放っていた冷たい気配も、完全にそこから消え去った。
 
 マルクは正面を向いた。間もなく真っ直ぐ続く森の道の向こうに、ぽつんとニュプンを抱きかかえたたずむチュチュの姿を見つけ、急いで彼女のもとへと向かった。
 
 
 
 ニュプンは幸い危険な状態になる前に救出された。みんなに迷惑をかけたことを少し気に病んでいたが、からだの回復と、姉をはじめとする周囲の者たちの心遣いもあり、日が経つにつれいつも通りの元気な様子を取り戻した。
 
 それからさらに数日後、アドレーヌ主催の冬のパーティが開かれた。かねてから予想されていた通り、その年のパーティはそれまでよりもずっと盛大におこなわれた。会場であるマシュマロ城の大広間がいっぱいになるほどの参加者数で、アドレーヌやチュチュといった運営陣は、大ハリキリで大忙しの夜を切り盛りした。
 
 そしてパーティも無事お開きを迎え……
 
「おつかれさまでしたー!」
 
 後片付けも終わり、マシュマロ城の正門。チュチュは特に仲の良い輪の中にいた。すなわちそれは、アドレーヌと、カービィ、そしてその他の、過去に共に大冒険を繰り広げた仲間たちの集まりだ。ニュプンも交え、みんなでパーティの余韻に浸っていた。
 
「やっぱり今年のパーティすごかったねー。マルクも来ればよかったのに!」
 
 このセリフ、誰が言ったと思う? そう、そのまさか。あのピンク球が、もう一切の裏表もなくにこにことしながら言ったのだ。マルクの非を気にしないというのはきっと褒むべきことだが、ここまであっけらかんとしていると、彼……星のカービィもまた、相当変わっているひとなのだろう。
 
「んー……ま、まあ、いずれ、来てくれるようになるでしょ」
 
 熱心にマルクを誘っていたアドレーヌだが、カービィの様子にはつい苦笑してしまうのだった。「そうだよね!」と、カービィはやっぱり笑顔で言った。
 
「マルクくんといえば、そう言えば……」
 
 アドレーヌはニヤニヤとしながら、チュチュのつけているリボンを見る。いつもと違う、チェック柄のリボン。
 
「素敵なお返しね、そのリボン」
 
「ちょっ、アド! それは言わない約束……」
 
 チュチュが慌てふためいたために、彼女の気持ちとは裏腹に、仲間たちが「なになに?」「どうしたの?」と寄り集まって来る。
 
「はい、はーい! ニュプンね、知ってるよ! お姉ちゃんのつけてるリボンね、マルクちゃんからの……もがっ」
 
 妹の口を力いっぱい抑えるチュチュ。そして白々しい笑顔を作って、「そうそう!」と強引に話題を変えた。
 
「カービィ、うちの居候があなたにプレゼントがあるって、これを渡されたんだけど」
 
「マルクから? うわぁい、ありがとうマルクっ!」
 
 カービィは大層喜んでチュチュから小箱を受け取り、早速開けてみた。その瞬間、中から何やらが飛び跳ねて彼の頭の上に乗る。彼が不思議に思い、頭から取って見てみれば、なんとそれは茶色く、毛むくじゃらで、細長くて、もぞもぞと動く……
 
「……ぎ、ぎにゃぁぁぁああああああああああああああ!?」
 
 カービィは絶叫し、辺りを駆け回った。アドレーヌは雪の上に落ちた、もぞもぞ動くそれを拾ってみる。毛虫……ではない。くしゃくしゃな繊維を用いて似せた手芸品だった。しなる繊維を芯としてこよって入れてあるようで、しばらくは生きているようにせん動運動をする凝った作りになっていた。アドレーヌは呟いた。
 
「マルクくん、腕を上げたわね……」
 
 チュチュは「あのバカ……」と少し呆れたようだったが、仲間たちはカービィの様子と“毛虫もどき”を面白がっていたし、さっきの話題についても忘れたようだったから、今回ばかりはマルクのおこないを大目に見ることにした。
 
「……さてさて。おれたちは二次会行こうかなって思ってるんだけど、アドちゃんとチュチュはどうする?」
 
「あたしはもちろん付き合うわよー」
 
「わたしはパス。家にひとり居候を放っておくわけにもいかないでしょ」
 
「そっか、分かった。ま、来年はあいつも連れて来いよ」
 
「うん、ありがとう。それじゃ、わたしは先に失礼させてもらうわね」
 
「じゃあねぇーチュチュ。よいお年をー!! ……の前にはさすがに一回くらいは会うかなぁ」
 
「あはは。じゃあねっ」
 
 チュチュはアドレーヌたちと別れ、ひとり自分の家へと帰って行った。アドレーヌたちはその後ろ姿を見送って……あれ? と、不意に何かがおかしいことに気づく。アドレーヌたちはそれぞれの顔を見合せて、ようやく何がおかしいかを理解した。ニュプンが、こちらに残っている。
 
「ニュプンね、空気の読める子なの! 今夜はー、オールナイトだよー!!」
 
 
 
「ごちそうさまなのサ」
 
 チュチュの家。居候マルクは、遅めの夕食を取り終わったところであった。献立はシチュー。家で留守番をするマルクのために、わざわざチュチュが作っていってくれたものだ。
 
 小さいものではあるが鍋をひとりで空にしたマルクは、この家に運び込まれた日のことを思い出した。そして、それからの毎日を思い出す。思えばここに来たのは、わずか三ヶ月前だ。なんて厚みのある日々だったのだろう。だが反面、この短期間で何かとんでもない決断をしてしまった気がして、やはり未だに彼の心の中には不安が残っていた。
 
 あの邪悪な一つ目の言ったことは正しいのだ。心の中には、必ず薄暗い部分ができる。あの決断による不安以外にも、こんな風にひとりでいるときの寂しさや、気に入らない相手への気に入らないという気持ちなど……そんな闇が、常に自分の心の中にあることを、マルクは理解した。
 
 先のことなど分からない。邪悪な一つ目が再び自分のもとに現れる可能性は、やはりゼロではない。だがともかく彼は、不安や寂しさといった心の闇の存在を認めつつも、自らが選んだ道を信じてみようと思った。
 
 玄関のドアの開く音、そして「ただいま」という声に、マルクはとても温かな気持ちになった。彼は席を立ち、嬉しさにはやる足取りで、玄関へと迎えにいった。
 
 
 
おわり