ひでぶさんの小説

【クリスマス小説 2010年】あるふぁ・がんま・あきゅーとつきあるふぁ・ぱい・えーた 〜その4〜


4.
 
 ここまで僕の話を聞いてくれたひとの中にも、実はカービィのお話に詳しくないってひともいるかもしれない。だから、ちゃんと説明しておこう。作物を荒らす巨鳥と、巨鳥のおこないをやめさせるためその巣に向かうカービィを描いた、「白き翼ダイナブレイド」と呼ばれるお話がある。マシュマロ城は、そのお話でカービィが立ち寄った城だ。その折のマシュマロ城には、カービィを目の敵にする荒くれ者たちがたくさん棲みついており、一説によるとカービィはこの城を全壊させたとも言われている。
 
 再建されたのか実はカービィは壊さなかったのか分からないが、とにかくこのお話ではマシュマロ城はダイナブレイドの一件以後も存在していて、そしてこの城のオーナーは荒くれ者たちではなくさる優しい御仁であった。彼はこの城を、チュチュたちのボランティア相手である「親のいない子どもたち」の住居として提供しており、子どもたちは保母さん・保父さんとして採用されたおとなたちと一緒に、楽しく賑やかに暮らしていた。
 
 プレゼントはパーティの日まで子どもたちには渡さないが、マシュマロ城には大きな倉庫があるし、ずばりパーティが開かれる会場であるからして、保管するのにばっちりであった。そんなわけでマルクとチュチュは、パーティの日より前に、プレゼントをこの城へと運んだのだ。
 
 
 
 マシュマロ城の正門に、空のソリ一台とマルクがひとり。彼は暮れかかる空を見上げていた。昼にアドレーヌと話したことについて、また考えている。
 
 やはり魔法の力が使えたころとは、自分はすっかり変わった。と、マルクはより強く思う。そもそもはチュチュがきっかけであり、彼女がどう思うかが常に大きな指針になっていることは否めなかったが、彼女を介さずとも前と違う行動をとるときも、またあるのだ。
 
 マルクが昔のままだったならば、仮病やウソの用事などで面倒な手伝いを極力避けただろう。何とかしてバレないようにいたずらをする方法を考えただろう。アドレーヌの魔法の絵筆を、使いこなせるかどうかは別として、とりあえず自分のものにしようと企んだだろう。だが、彼はもうそんなことはしない。そしてそれは、チュチュがどう思うかというより、自身に「する気」がないからしないのである。
 
 マルクは確かに変貌した自分に、小さくない不安を抱いていた。いくら温かくても、心地良くても、慣れていない。先行きが分からない。恐ろしい。
 
 アドレーヌはマルクに、「キミってもっと、楽しいことを優先するキャラじゃなかったっけ」と言った。彼もそうだと思うが、だからといって、変わった自分をあっさりと受け入れられそうにはなかった。
 
 マルクはどうにもバランスの悪い自分の気持ちに、「なんなのサ……」とまた独り言ちた。
 
「そりゃ、こっちの台詞だわ」
 
 と、チュチュの声。マルクが振り返ると、やっぱり彼女がいた。彼女は、プレゼントを運ぶ役目を終えてしぼんだ大きな袋を引きずって、マルクのもとにやってきた。
 
「まったく、荷物置いたらとっとと出て行っちゃうんだから。子どもたちがあんたに会いたがってたわよ」
 
 もちろんマルクはそれを避けたくて、そそくさと外に出てきたのである。このひと月で、マルクは子どもの相手もしばしばするようになったが、やっぱり彼らは天敵だった。マシュマロ城の子どもたちは、彼が浮浪していたときに遭遇した子どもたちのようなひどいことはしないが、“面倒を見ながら遊ぶ”は体力的に充分しんどい。
 
 マルクは言い訳に困ったが、チュチュのほうこそそれ以上彼に言葉を求めるつもりはなかったようだ。「あのさ……」と、彼女は彼の返答を待たずに、別の用件を話し始める。
 
「……あんた、ホントに今度のパーティ行かないつもりなの?」
 
 マルクはきっぱり「行かない」と答えた。チュチュはため息をついて、「分かったわ」と言う。そして彼女は、巻かれた画用紙を一枚、マルクに手渡した。マルクはそれを広げてみた。
 
 画用紙にはクレヨンで、赤く丸いからだにちいさな目が二つついた誰かと、二股の帽子を被りぎょろりとした大きな目の誰かが並んで描かれていた。マルクはそれぞれが誰であるか一目で分かった。
 
「ここに来るといつもあんたにくっついてるワドルディ族のちっちゃい子がいるじゃない。あの子から貰ったの。あんたがパーティに参加するか聞かれて……ウソつくわけにもいかないし困ってたら、これ渡されて、『いつも遊んでくれてありがとうって伝えて』って。すごく決まりが悪かったんだから」
 
 その子はマルクが相手にする子どもたちの中でも、一番小さくて、一番手のかかる子だった。好奇心旺盛で危なっかしいその子をケガさせないよう、マルクはいつも悲鳴をあげながら世話をしているのだが。
 
 マルクはただ黙って自分とその子が並ぶ絵を見つめる。うんと拙い絵のはずなのに、なんだかとびきり素晴らしい宝物のように思えてくる。彼の中に、また一つ、分からない気持ちが生まれた。
 
「よかったね」
 
 と、チュチュ。それからしばらく、沈黙が続いた。
 
 気がつけば、積もった雪はオレンジシャーベットのような彩りに染まっていた。沈む太陽が真っ赤に輝いているせいだ。ふと、マルクは“まぬけな太陽”を見て思う。もしかしてボクは、今、とんでもなくまぬけなのかも。たかが昔の自分を、こうまで引きずるなんて。
 
「それと、さ、マルク」
 
 不意にチュチュが、マルクの名を呼んだ。考え事をしていたマルクはややびくっとして、チュチュを見る。チュチュはうつむき、言い出しにくそうな様子であったが、やがて意を決したように切り出した。
 
「わたしも、あんたに、ね、これ……」
 
 チュチュはそう言って、自分より大きな袋の中にごそごそとからだを突っ込んだ。袋はしぼんでいたが、実はまだ一つ、プレゼントが残っていたのである。
 
 きれいな包装が施されたプレゼントを、マルクは、チュチュから手渡された。また、彼は彼女にプレゼントをされたのだ。
 
 マルクがきょとんとしていると、「とりあえず、開けて見てみてよ」とチュチュが言った。言われた通り、包装を解く。中から出てきたのは二股の帽子。マルクがいつも被っているものとそっくりな作りであった。
 
「あんたの帽子なんか、いつもじっくり見てるわけじゃないから、細かいところはきっちり似せられてないかもしれないけど……ま、まあ、気に入らなかったらニュプンにでもあげるから、返してね」
 
 マルクは被っている帽子を脱ぎ、チュチュから貰った帽子と見比べてみた。確かによく見れば、マルクが被っていた帽子とは、少し違うところがあった。けれどもその違うところがチュチュっぽいアレンジで、新鮮で、余計にいい感じに見えた。
 
 マルクは、チュチュから貰った帽子を被り、笑顔になった。それを見てチュチュもまた、とても可愛らしい笑顔になる。
 
 マルクはふと、こういうときには言うべき言葉があることを思い出した。そんなもんが何になる、と、生まれてこの方一度も口にしたことのない言葉だけれども。マルクは、このときばかりは、言ってみるかなと思ったのだった。
 
「あ――」
 
 チュチュを呼ぶ声。マルクはびっくりして言いかけた言葉を飲み込んだ。ふたりが振り返ると、ファンファン族の保父さんが走って向かってくるのが見えた。息をきらした彼が言う。
 
「チュチュさん! 今、駐在さんから連絡があったんですが、ニュプンちゃんが、森で迷子になってしまったらしくって……!!」
 
 チュチュの顔がたちまちに青くなった。
 
 
 
 マルクとチュチュは急いで捜索隊が集っている森の入口に駆け付けた。辺りはもう暗くなりかけていて、かがり火が焚かれていた。チュチュはニュプンと仲のいい子どもたちを見つけ、状況を聞く。どうやらその子たちは、ニュプンと森に入ったらしかった。
 
「パーティのために、みんなでスアイの実を採りに行ったんだ」
 
 ポピーブロス族の少年がひとり前に出て、うなだれて言った。スアイの実は冬のこの地方に生る、食感がジェラートに似た丸い果実である。子どもたちに人気で、ニュプンも大好物であった。
 
「たくさん採れたのはいいけど、荷物が重くなってて。いつもなら無理なく渡れる丸太の一本橋も、渡るのが大変だった。そしたら、ニュプンが滑って川に落ちて、そのまま流されて……必死で追いかけたんだけど、追いつけなかった。ごめんなさい……」
 
 チュチュは泣き出す少年たちを、笑顔で「きっと大丈夫よ、安心して」と励ました。
 
 その後、捜索隊のリーダーがチュチュのもとへとやってきて、彼女と話し始めた。
 
「冬場はガオガオは眠ってますけど、山からファイアーライオンが下りてくる。そうでなくても寒い冬の森だ。一刻も早く救助しなければ」
 
 チュチュは頷き、「わたしも探しに行くわ」と言った。捜索隊のリーダーはチュチュのことをよく知っているらしく、反対せずに「よろしくお願いします」と敬礼をする。チュチュはまた頷き、その後はもう、あっという間に森の中へと飛び込んでいった。
 
 ひとり取り残されたマルクは、何の役にも立たない自分への虚しさという、またもやの体感したことのない気持ちに、いらいらが収まらなかった。
 
「なんなのサ……」
 
 近くの喧騒、遠くのニュプンを探す声、子どもたちの静かな泣き声、かがり火や松明の燃える音。マルクはその全てが気に障った。いたたまれない。
 
「なんなのサーーーーー!!」
 
 次の瞬間、マルクは森に向かって走り出していた。
 
 
 
 マルクは本当に、自分の行動がわけが分からないと思った。チュチュの手伝いには森での食材調達もあったから、ある程度森の知識や地理は身につけたものの、決してシロウトの域から脱したわけではない。こんな風にがむしゃらに走れば、自分も迷ってしまうことは目に見えていた。しかし、あの場には立っていられなかったし、他にできることも思いつかなかったのだ。とにかくマルクは走った。
 
 ところがだ。マルクはそれからしばらく走り続けたが、ちょうどまだ足を踏み入れたことがないけもの道に踏み入ろうとしたときに、彼の視界に異変が起こった。いや、正確に言えば、彼の周囲に異変が起こったのだ。彼の周囲の空間は、赤黒く歪んで、潰れて、溶けた。
 
「ウワワーーーーッ」
 
 マルクは驚いて叫んだが、彼の声も彼の姿も、その溶けた空間へと飲み込まれた。
 
 
 
 次にマルクが気がついたときには、彼の周囲の空間は何事もなかったかのようにいつもの秩序を取り戻していた。だが、彼は異変に襲われた場所とは違うところに立っていた。景色からして、恐らく同じ森の中ではあるようだが、彼が知っている場所ではなかった。
 
「あっ……!」
 
 マルクは自分の視線の先をしっかり見て、思わず声をあげた。チュチュと同じ種族の少女が、そこに倒れていたのだ。黄色いからだに白い帽子……ニュプンに間違いない。マルクはすぐに駆け寄ろうとした。
 
 だが、またも赤と黒の異変がマルクを包んだ。再び彼は驚いて、辺りを見回す。今度は溶けた空間が彼を飲み込むことはなかったが、彼とニュプンを繋ぐ空間がおかしくなった。彼は赤と黒の空間を走ったが、まるでニュプンとの距離が縮まらないのだ。それが魔法の力による“わざ”であることに、マルクは気がついた。何者かが、空間を操っている。
 
「誰なのサ! 一体なんでこんなことするのサ!」
 
 マルクの言葉に反応するかのように、周りの赤と黒の空間が、ドクリ、と音をたてた。次の瞬間、マルクはぞっとするような冷たい気配を感じた。いつかのときと同じように。
 
「……さあ、ひとと相容れぬ者よ。決断のときである」
 
 邪悪な一つ目が、マルクの目の前に姿を現した……!
 
 
 
つづく