ひでぶさんの小説

【クリスマス小説 2010年】あるふぁ・がんま・あきゅーとつきあるふぁ・ぱい・えーた 〜その2〜


 チュチュの言った「色んな手伝い」とは、部屋の掃除や食器洗いといった家事の日替わり担当や、彼女が最近やっているボランティアに協力することであった。後者は、年配の方や親のいない子供に、食べ物や手芸を手渡すというものだ。あと、妹のニュプンの遊び相手をするなども。
 
 マルクはもちろん、そんなことをするのはゴメンだった。しかし彼がサボったのは最初のうちだけで、鉄拳制裁にメシ抜き、反省文提出などなどを恐れ、日を追うごとにチュチュに頭が上がらなくなっていった。彼は、内心はどうあれ地道に手伝いを続けた。そうして、ふた月が過ぎた。肌寒くなり、マルクとチュチュが出会った森の木々も、すっかりその葉を赤く、黄色く染め上げていた。
 
 
 
2.
 
 今日も今日とて、マルクはお手伝い。彼はチュチュに手芸用の材料の調達を頼まれ、それらがたくさん置いてある倉庫にやってきていた。
 
「うう、うぐぐ……もう限界なのサ! いたずらしたいのサ!」
 
 ひとりの倉庫で、マルクは大声でそう叫んだ。
 
 当然であるが、マルクは生き甲斐であるいたずらも禁止されており、もう禁断症状が出ていた。からだがうずうずして仕方がなかった。ここにある布全部にマジックで落書きしてやろうかしら……とか思いつつ、チュチュの怒った顔を思い出し、慌ててかぶりを振る。そんな恐ろしいこと、できるわけがない。
 
「ああああ、でもしたい。したいのサぁあ!!」
 
 と、そんな折である。
 
 マルクは何か、背後にぞっとするような冷たい気配を感じた。彼がごくりと唾を飲んで振り向くと、そこには邪悪な生まれであろうどす黒い一つ目が存在しており、彼のことをじっと見つめていた。
 
「苦しかろう。ひとと相容れぬ者よ」
 
 邪悪な一つ目がそう言うと、一つ目とマルクとの間に真っ黒なガラス玉のようなものが生まれた。一つ目がにじみ出しているものと同じ黒い光を放つそれは、ゆっくりと、宙をマルクのほうへと移動した。マルクが思わずそれを手にすると、黒い玉の発光は収まった。一つ目は言う。
 
「それは『うらみオーブ』……苦しみや辛さに耐えることで力を蓄積し、その強さ次第でどんな願いをも叶えるという宝珠である」
 
 マルクは驚いて尋ねた。
 
「ほ、ホントにどんな願いでも叶えられるの!?」
 
 邪悪な一つ目は低くおどろおどろしい声で答えた。
 
「そなたが魔法の力を取り戻すには、相応しい苦しみと辛さを蓄えねばならぬ。充分な力を持ったうらみオーブは、先ほどとは比べ物にならぬほどの眩き邪光を発するであろう。そのときまで、肌身離さず持つがいい」
 
 邪悪な一つ目はそれだけ言い残すと、じわりと景色に溶け、そして完全に消え去った。だが、マルクの手元には、一つ目から渡された「うらみオーブ」がしっかりと残っていた。
 
 魔法の力を取り戻せるかもしれない。マルクはその期待にどきどきとからだの鼓動を高鳴らせた。やがてチュチュからの頼まれごとを思い出した彼は、急いで材料をかき集め、彼女の家に戻ることにした。
 
 
 
「めずらしいのね、今日は『作るほう』も手伝うだなんて。どういう風の吹きまわし?」
 
 チュチュの茶化したような問い掛けに、マルクはこう答えた。
 
「かっこいい石を見つけたからボクのアクセサリーにしたいのサ。でもチュチュ、タダで教えてはくれないだろ? だから、交換条件なのサ」
 
「まあっ」
 
 チュチュはちょっと怒ったような顔をしたが、すぐに笑った。そして、「見せてごらんなさい」とマルクに言った。マルクは少々迷ったが、うらみオーブをチュチュに見せることにした。
 
「なんか悪趣味ねぇ……まあいいけど。そうね、じゃ、あんたのリボンを何かしらして、組み合わせてみましょうか。それで、少しはサマになるかも」
 
 チュチュが考えたのは少し複雑だそうで、うらみオーブを使ったアクセサリー作りは、結局彼女がひとりでやることになった。マルクはその間、配布する手芸品のための下ごしらえを任されて、単純作業であるそれを黙々とおこなっていた。静かなリビングでふたりは作業を続け、刻々と時間が過ぎていった。
 
「……この家での暮らしとか、わたしの手伝いとか、もう慣れた?」
 
 チュチュが作業しながら、ふと、マルクにそう尋ねた。マルクは手を休めずに、「多分」と答える。そう、手を休めず答えるところが、その証拠だ。いちいち作業を止めていたら、チュチュに注意されるから。チュチュもそのことを察したか、また笑った。
 
「わたしね、これでもちょっとあんたのこと見直してるのよ。すぐに音をあげると思ってたから……でも、もうふた月経つけど、あんた、続いてるものね」
 
 チュチュにそんなことを言われるとは思いもしなかった。マルクは丸い瞳をさらに丸くした。
 
「随分と意外そうな顔をするわね。わたしだって、褒めるときゃ褒めるわよ」
 
 と、ふくれっ面のチュチュ。マルクはまたたじたじになって、それがまた彼女のご機嫌を損ねた。「まったく……」と、ため息をつく彼女。だが、しばし作業を続けてから、また、彼女は口を開いた。
 
「ニュプンもね、なんだか、前より楽しそうなのよね。あんたみたいなにぎやかなのが家にいるからかしらね。だから、その……さ。感謝してる」
 
 マルクはとうとう作業を止めてチュチュを見てしまった。チュチュの顔が赤い。そもそもなんか今日は言動がおかしい。熱でもあるんじゃないか? と彼は思う。っと、まずい。
 
「! 作業っ!! 手を止めないっ!」
 
 やっぱりマルクは叱られてしまった。心配して損したのサ……と彼は思った。でも、そう思うことで、自分の気持ちも何だかおかしいことに気がついた。心配? チュチュを? ……なんで? マルクは作業を続けながら自問自答を繰り返したけれども、答えはまるで見つかりはしなかった。
 
 やがて、マルクの作業は全て終わった。気がつけばもう遅い時間になっていて、マルクは寝ることにした。チュチュはもうちょっと作業を続けるとのことで、彼に「おやすみ」を言ったものの、リビングにひとり残った。彼は気にせずに、部屋に戻った。
 
 
 
 翌朝、マルクが起きてリビングに向かうと、なんとチュチュがそこで眠っていた。ちょっとどころではなく、うんと長いこと、彼女は作業を続けていたのだ。複雑な装飾品を、一夜で完成させるほどに。
 
「ついさっきまで起きてたんだけど」
 
 と、ニュプン。彼女は先に起きていたようだ。毛布を姉にかけてやる。それから、座卓の上のうらみオーブのアクセサリーを見て、言った。
 
「これ、マルクちゃんのなんでしょ? がんばったよね、お姉ちゃん。きっと、マルクちゃんが、いつもがんばってるから、お礼したかったんだね」
 
 どういうことか分からず、マルクは不思議な顔をした。すると、ニュプンがさらに言う。
 
「お姉ちゃん、いっつも言ってるんだよ。マルクちゃんががんばってくれるおかげで助かってるって。だから、きっと、そのお礼だよ」
 
 うらみオーブのアクセサリーは、リボンと銀細工のブローチを組み合わせたようなものだった。布と金属と石が使われているけれども、変にごてごてしているわけでもなく、慎ましやかでとても収まりのいい上品な仕上がりだった。
 
 マルクはとことん分からない気持ちになった。なんでチュチュは、ボクには感謝の言葉を隠すのだろう。ン、そうか。きっと、ボクに感謝の言葉なんか言っても気分が悪くなるからだろう。そうに違いないのサ。……ン、そうか?
 
 落ち着かない自分の気持ちに、マルクはいらいらし始めた。そして乱暴にうらみオーブのアクセサリーを座卓から掴み取ると、さっさと身につける。
 
 マルクの身動きの音で、チュチュがぼんやりと起きて目を開けた。マルクは彼女と目が合うと、なんて言えばいいのか分からなくなって、とにかくそのとき思っていたことを口にした。
 
「こ、これはもらっておくのサ! お、お手伝いも引き続きがんばるのサ!」
 
 魔法の力を取り戻すためにも重要なことだし、別に変なことは言っていない。と、マルクは心の中で、何故かそう言い聞かせるようにした。
 
「ん……」
 
 チュチュはマルクの言葉を聞いて、とびきりの笑顔で頷いた。マルクはあからさまにどきりとし、顔を赤くした。その後すぐに、また眠るチュチュ。
 
「ううー……!」
 
 マルクはいたたまれなくなって駆け出した。リビングを飛び出し、通路を抜け、玄関を飛び出し、朝の陽射しに飛び込んだ。
 
 空を見上げる。太陽のやつがぴかぴかとしていた。なんだか笑っているように見える。ボクのポップスター乗っ取り計画のときに、まんまと騙されて月と大ゲンカした、まぬけなやつのくせに。
 
「なんなのサーーーーーーーー!!」
 
 わけが分からない自分の気持ちに、マルクは叫んだ。とにかく、頑張るしかない、やってやるのサ。と、強く思った。変ないらいらと高揚のせいなのか、彼はこれからのことに全然へこたれる気がしなかった。
 
 
 
 こうして、マルクは手伝いを続けた。冒頭で言わなかったが、マルクが嫌だと思っていたことは、チュチュから言い渡された手伝いとか、いたずらができないことだけではなかった。ボランティア活動で外に出れば、悪いほうに有名な彼のことを、邪険にする者もいるのだ。だから彼は、材料の調達とか、下ごしらえとか、なるべく裏方を手伝うようにしていた。
 
 しかし、何かの折には、「渡すひと」の手が足りなくなることもあった。そういうときはマルクも仕方なく駆り出されたわけだが、いつからかマルクは、邪険にされるとき、自分が面白くないのはもちろん、そのせいでチュチュが悪く言われたりするのも腹立たしく感じるようになっていた。
 
 マルクはそういう気持ちの正体がどこまでも分からなかったが、とにかく、そんな気分には絶対に負けないと決心し、表向きのことも段々と多く手伝うようになっていった。チュチュもまたそんな彼の姿勢に前向きだった。
 
 そしてまた、ひと月が過ぎた。気温はぐっと冷え込み、森の木々は身につけていた赤や黄の葉を落とし、冬の空からの贈り物を纏う準備を終えたのだった。
 
 
 
つづく